2010年12月

竹内宛メール

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ファッションのマルチチュード

BFBの修了Show

明星大学造形芸術学部

文化ファッション大学院大学

BFGU夏季合宿



Marlene Dumasハイレッドセンターの本The Idiots Are Winning.

身体/カラダ/空だ
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Jan. 31 wed. 『QUEENの素』
■火曜の1限「ファッションと人体」の講義は「節電図・関節角度の変化からみた衣服による動作拘束」という論文を読んだのだが、噛み砕いて説明すれば「タイトスカートを穿いて動いた時の歩き易さ・歩きにくさを計測する」というようなことであった。この結果を元に必要な運動量が分かり、機能としてのゆとりは最低限どれ位入れれば良いものかがわかる。確かにこういう実験で見るとわかり易いというのはある。しかしだからといって「じゃあそれで最低限これくらいのゆとりを入れましょう」、というような話ではないと思うのだ。僕はなんとなくだが、服って、必要な運動量分のゆとりを確保したうえで服を作るのではなくて、どれくらい体を拘束しながら服を作っていくかという見地で考えていく方が服の意味合いとしては効果的なのではなかろうかと考えている。皮肉めいた意味でもその方が服らしい気がする。だからどっちかといえば論文の結果をもとに「じゃあそれならばこんな感じで狭めて(拘束して)いきましょうか」みたいな使い方をするべきだと思う。「最低限のゆとり量」とは、「侵してはいけない領域」ではなくて、如何に侵していくかという「侵すべき領域」なんだろうと思う。合ってるのか間違ってるのかはわからないがなんとなくそんなふうに思っている。
■クラスの子から「社会学」の講義のプリントをコピーさせてもらって帰りの電車の中で読みながら帰ったのだが、その中のプリントに来年取り組んでみたいテーマのひとつ『女は女装する』に関わる記述があったので興味深く読んでいた。人はどのようにして男と女に分けられていくのか、とくに、性別によって母親との関係性は変わり、それが男性あるいは女性としての性格の特性として大きくみられるという下りなんかはおもしろかった。
だがどうも「ジェンダーから学ぶ社会学」というタイトルがなんとなく引っ掛かっていて、家に帰ってみて、あれ、たしか俺はあの本読んだことあるんじゃないか?と思い出した。しかもたしか持ってる。昔読んだ本のことなど微塵も忘れて興味深く読んでしまっているあたりに、どうしようもなさを覚えた。でもまあ、仕方がないからもう一回読んでみようと思う。あと他にも読んでみなければと思う本がいくつかあったので、思い出したというだけでそれはそれで収穫なのかもしれない。
■来年は他に取り組んでみたいテーマに『持ち物検査』というのがあってどちらにしようかと迷っているのだが、いまやっている『アフォーダンスを活用した服』も完成するわけではないのでこちらを続けたほうがいいのではないか、というのでかなり迷っている。まあ、やりたいことがあるのはいいことだけど、腰を据えないと全部ダメになってしまうからな。そしてどれにしても一度ここに書いておかねばならない。といいながらずるずると書いていない。
■それにしても幸いなことに「服」は総ての状況で着用しているものなのでどのような事柄も参考にできるというメリットは計り知れない。だから自分の興味のある他の事からも導き出せる手立ては多々あるわけだ。みんな着ちゃってるわけだからね服を。「メタルに興味ない」って言う人はメタルを聴かないけど「服に興味ない」って言ってる人も服は着てるわけで、だからそういう人は「私は興味が無いのだよ」という表現の装いに関して気を使わなければならなくて。なんかそういうのも変でおもしろいと思う。服を着ていない奴がいれば、それはまたよけいに参考にもなる。あとは、本を読んでそれで固まってしまうのは逆に一番良くない。「今を衣着る」じゃないけれど、なんといっても現在進行形の一番身近なこととしておこっているんだから服は。“今”を見なくては意味がない。だからこそ「今の世の中に対して何か言う」手立てとなりうるんだと思う。
■先日、かたくなった頭を解きほぐすためになにか見ようと思ったら「不気味なバンド」というふれ込みで出されていたものがあったので見てみた。そしたらなんとSPARKSじゃないですか。僕は歌っている姿をみたことなかったんだけれど、いいですね、とても。そしてこの記述

イギリス・ツアー中に前座を務めていたフレディ・マーキュリーがラッセルの歌唱に影響を受け、後のクィーンに大きな影響を及ぼしたのは有名な話。

なんで? 数多くの先鋭的なミュージシャン、フランツ・フェルディナンド、ビョーク、モリッシー、ベック、ジム・オルークなどがスパークスをリスペクトしているの?

である。フレディには驚いた。みんな影響を受けているのだ。だからまだ受けていない人は、急いではやくSPARKSの影響を受けた方が。あと、「自分、~の影響受けてるんスよ」って自ら言うのも馬鹿っぽくてヨロシイ。特に僕が好きな時期のジョルジオ・モロダーがプロデュースした「No.1 In Heaven」の曲も見てみたけれど、どこかこちらの方はお兄さん(チョビヒゲの方)に“方向性”に関する迷いが見られるような気がした。でもこちらの方が後なはずなんだけどな。若かりし頃の方が迷いがないということなのか。
■この曲「The Number One Song In Heaven」は、原将人監督の「20世紀ノスタルジア」中の監督自作の名曲挿入歌「ニューロンシティの夜」でオマージュされているが、これを発見した時誰に伝えても「知らね」とピンと来なかった残念な記憶がある。そしてこの映画。僕はとてもおもしろいと思ったのだが、薦めた友人はみんな、それこそみんな「はあ?」という反応だった。うーん。広末涼子が主演というのが駄目か。僕はそれが原因で人には薦めなくなったのだが、あるとき金子(姉)が奈良美智の講演に行ったとき「僕あの映画が好きなんですよ」というようなことを奈良さんが言っていたと聴いて、僕はそれを聞いただけで無条件に奈良さんのことが少し好きになった。それにしてもこんなサイトがあったとは。勇気をもらえます。
 
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(19:29 01/31 2007)

Jan. 30 tue. 『コトの真相』
■なにが一番いけなかったのかを考えれば、それは生地の選択に大きな原因がある。もともと先方の要望では、風を使用することもあり「風に揺れるようなスカート」というものであった。しかし、製作予算を考慮したうえで「風に揺れるような素材」は安っぽいものしか使用できず、僕はそこを変更してスカートを造形で見せることにした。その代わり上体は極端にシンプルにした。そしてその方向で形出しも済ませ、いよいよ本縫いにかかる時である。あきらめていたはずの生地が、とても素晴らしい風合いのシルクを破格で譲ってもらえるということになったので、四の五の言わずに思わず飛びついてしまったのだ。しかしこのシルクが、風に揺れる風合いは素晴らしいのだがなにせ張りが無かった。いざ本縫いを済ませダンサーに着せてみたら仮縫いで出ていた造形的な膨らみは姿を消し、ほとんど総てがストンと落ちた状態のスカートが出来上がってしまったのである。しかも、当てこんだ別布との相性も落ち感が合わず、落ちているのに変な型だから、なんとも妙なものになってしまったのだった。あげく上体はシンプル。
■生地を変えたのならば、それに合わせてもう一度形も変えなければならなかったのにそのままやってしまったことが完全に裏目に出た。昨日一日考えて、金銭的に相当な痛手は被るもののやはり違う素材で作り直したほうが良いのではないかと思い、ちらと文化の子たちにも尋ねてみたが、日程的に「本当に無理です。」と言われた。たしかに。仕事であれば話は別だが、総体的に見れば、日程的にはそれはもうやはり無理なのである。「やり直さない」という方向性でどう「直す」かを試行錯誤するしかないのだ。そしていまその糸口をあれこれ探っている状態であるが、どうにもこうにもにっちもさっちもいかない状況である。こんな時にこそやわらかく、やわらかくいこう。
■それにしても、にっちもさっちもいかなくなる状態とはまさにこのことだろうか。うーん、しかし、待て。そもそも「にっち」とはいったい何なんだ。そして「さっち」とは何であろうか。ニッチとサッチは仲良しで、あるいは双子の兄弟かもしれない。2人は今度の日曜日の遠足をとても楽しみにしていた。ところが、何らかの理由で2人とも遠足には行かないことになった。「ニッチもサッチも行かない」・・・。なんだかさびしい響きだ。あんなに楽しみにしてたのに。1人ではなく2人ともだ。しかし、「行けない」というのとはちがい「行かない」という表現には自分たちの意志が込められているような気がする。幼心に彼(彼女)らの中で何らかの心境の変化があったのだろう。二人が決めたことだ、尊重してあげようじゃないか。しかしもし、仮に第三者が、例えば先生が「えー、残念ながら事情により遠足にはニッチもサッチも行かないことになりました。」と告げたならば、これはもっと深刻な局面を迎えている可能性もありうるので予断は許さない状況だ。大変なことだ。あるいは、まさか「サッチモ」ってルイ・アームストロングの事なのか!などと、いちど気になってしまうともうこれは「にっち」にしても「さっち」にしてもあとはもうどうしようもなくおかしな響きにしか聴こえなくなってきたので語源由来辞典で調べてみた。

「にっちもさっちも」の語源・由来
にっちもさっちもは、算段(そろばん)用語が語源である。
「にっち」は「二進(にしん)」、「さっち」は「三進(さんしん)」の音が変化した語。「二進」とは2割る2、「三進」とは3割る3のことで、ともに割り切れ、商に1が立って計算が出来ることを意味していた。そこから2や3でも割り切れないことを「二進も三進も行かない」と言うようになり、しだいに計算が合わないことを意味するようになった。さらに、商売が金銭面でうまく行かないことの意味になり、身動きが取れない意味へと変化した。

とある。なるほどね、そろばんから。そうですか。わかりました。知らないことの危険さ。あやうく妄想の罠に嵌るところだった。そしてこの「にっちもさっちもいかない」の以下に関連語が掲載されていた。

切羽つまる・立ち往生・進退窮まる・奈落の底・のっぴきならない・てこずる・瀬戸際・しょうがない、しょうもない・うんともすんとも・土壇場・背水の陣・やばい・這う這うの体(ほうほうのてい)・埒が明かない

などである。いま見るとグサリとくる言葉ばかりだ。「進退窮まる」とかはもうほんとうにダメな感じがするな。なるほどな、とひと通り眺めているとここでまたあらたな問題が発生する。
■「のっぴきならない」である。なんといっても「のっぴき」が「ならない」のだから。「のっぴき」如何に関わらず、まず「なっていない」という時点ですでにダメなんだ、という気がする。しかしなにがダメなのかと尋ねられればそれは「のっぴき」なのである。わけがわからない。「もうおまえは、のっぴきならないよ」と言われても、はたして押していいものか引けばいいものか、どうしていいものなのかがさっぱりわからない。ただなんとなく、怒られているな、というのはわかる。しかし迂闊にあやまりでもしようものならば逆によけい怒られてしまいそうな気もする。いてもたってもいられなくなり「のっぴき~」を調べる。

「のっぴきならない」の語源・由来
のっぴきならないの「のっぴき」とは「退く引く」が音便化されたもので、漢字で「退っ引きならない」。「退く」も「引く」避けることや逃れることを意味し、打ち消しの「ならない」が付いて、避けることも退くことも出来ない意味となった。「のっぴき」が単語で使われることはなく、「のっぴきならない」と用いられる。

そうか。 これも「口語が勝ってしまった」ということなんだね。この際「ならない」も変えてくれればよかったのに。ここだけとても理解しやすいからよけい戸惑うのだ。こうなってくると僕たちも気をつけねばならないと思う。例えば「かなりきつい」=「かなりきちい」とか未来の人が見たら「きちい」ってなんだ。と思うだろう。そしてもう少し変化して「かなりキティ」みたいなことになって意味さえも変わっていってしまいそうだ。じっさい「素晴らしい」はもともと悪い意味だったそうだ。
■そしてさきほどから無視できないくらいアピールしてやまないのが「うんともすんとも言わない」である。「にっちも~」にも「のっぴき~」にも関連語として存分にアピールしているのだ。
「うん」はわかるけど「すん」て。噛んでしまったような、言いはぐってしまったようなどっちかといえば恥ずかしい言葉だぞ「すん」は。「すんとも言わない」って。僕はいままで「すん」と言っている人に会ったことすらありません。「ここ、これでいいですか?」「すん」て。馬鹿にしてるのか。こんな応対はいやだ。調べましょう。するとなんと、ここで大変な事態が起こっていたのだ。

「うんともすんとも」の語源・由来
うんともすんともの「うん」は承諾のほか、鼻息の音や唸り声を表す擬音語として用いられる。「すん」は「うん」に語呂を合わせたもので、同じく鼻から出す音と考えられ、他に「うんともすっとも」という表現も見られる。つまり、「うんともすんとも言わない」は、息さえ発しない意味から、一言も言わない意味となったものと考えられる。(以下省略)

なんと!「すん」は語呂がいいから。ただそれだけの理由なのだ。響きがイイ、ただそれだけで付けられている。でもふつう鼻から出す音は「フンッ!」だろ。試しに鼻から息を出してみる。あ、「スン」って聴こえるぞ。ほんとうだ。聴こえる。いやしかし、「~すん『とも』言わない」って。やっぱりどんな状況だろうともけして「すん」とは絶対に言わない。やはり「すん」とは、言いはぐった人だけの言葉である。それにしても「響きがイイ」という理由だけで付けてしまったというその風流を大切にする心粋は、同じ日本人として誇りに思うばかりである。
■そして「奈落の底」である。意味はわかる。際限なくつづく底知れない場所、それが「奈落」である。そんな救いようのない場所「奈落」にも、「底」があるのだ。僕はこの言葉を聞くたびに何か「救い」のようなものを感じるのである。
(22:31 01/30 2007)

Jan. 28 sun. 『かたまる』
■衣裳の話だ。烏山でほぼ全着分の本生地のフィッティングがあった。着た状態で部分のリハを見た。大変まずかった。そしてそれを言えなかった。言えないという現実もあった。正直、もし僕がお金を払っている関係であるならば「全部やり直し」にするだろうぐらいの状態だし、瞬間的に「ダンサーに申し訳ない」という気持ちを持ってしまった。今から直すとなってもそれは現実的には非常に困難で、文化の子たちもテスト期間に入るし、各自の課題も抱えている。その判断をくだすことは出来ない状況であった。しかし現在のこの状況は誰のせいでもなく自分のせいの何ものでもない。ここまで気付かなかった自分の落ち度で、つまりは僕の監督不足。この一言に尽きる。そして終わってもいないのに、ここでこのようなことを書こうとはいったいどういう了見なんだ、ということを躊躇はするものの、しかし逆に今こう書くことで、なんとかしなければならないという道すじを探さなければならないという自分への責任と負荷をかけなければならないと考えるべきほうが重要だと思うわけで言ってしまう。なんとかできなくてもなんとかしなければならないのだ。問題点を具体的に書き記すことと、コンセプト、本来的に何を目的としているのか、その意味を、きちんと思い出してみる必要がある。考えなければ。そしてこういう時こそ、一度あたまを柔らかくしなければならないということが最重要であることを、いま書きながら思い出した。
■先日の杉本さんの「本歌取り」で展示されていた「JOE」に関して具体的なことを知る。細かく具体的なことを知ると同時にあれこれ想像する余地が減っていくことは少し、さびしいことだ。
■そして明日も稽古場へ行かなければならない。修了の作業状況も佳境だ。



(00:48 01/29 2007)

Jan. 24 wed. 『かげひろい』
■走っていた。4時前に学校を出て上野へ。東京国立博物館に行く。ぎりぎり間に合い中へ入る。受付ではよく分からなかったが、「何たらメンバー」らしくてなぜか無料だった。ラッキーである。
■長谷川等伯の『松林図屏風』を見る。
松林図屏風

見れば見るほど、引き込まれていく。右から見る。左から見る。近づいて見る。遠くから見る。うす目で見る。見ないふりをして見る。じっと見る。作品と対峙すれば時間が経つほどにまた新しい発見があり閉館時間まで見入る。「なぜなのか」。自分が吸い込まれていく妙について、惹きつける箇所の由縁についてを考えつづけながら見る。こういうものは、本で読んで分かるのではなく自分で見つけ出して理解したいと思う。体感して、そのとき、自分の肉となり骨になる。まだまだ見足りなかったが、本当に素晴らしい幸せな時間を過ごせた。また来年来よう。
※写真は片方(右側)のみで、ついたての屏風でセットになっている。『松林図屏風』は、今年は28日まで2F国宝展示室で開帳されているので、機会があれば見てください。
JOE2050
■つづいて銀座へ。ギャラリー小柳で開催されている『杉本博司/本歌取り(Art Capturing)』展を見る。入って作品を見ても、一見何のことだかまるで分からない。もちろん表象としての作品自体にも凄みはあるのだが、それは捉えどころのないもので如何せん何を撮っているのかさえも分からない。大概に於いて杉本さんが捕まえようとしているもの、捕(撮)ろうとしている対象は、被写体そのものではない。ひと通り見ても全然ぴんと来ずに、受付の台上に置いてある杉本さんによって書かれたテキスト「本歌取り」を読む。やはり、凄いこの人。鳥肌が立ち、震えるような感覚で杉本さんの世界に吸い込まれていく。そういうことなのか、と力が抜けていく。
ここ数年僕は、より観念的な作品を作りたいと思っていて、例えばそれは具象としてのモチーフがあるような例えば「花」をイメージして製作したり具体的な方法論に基づいて結果論で製作していくというだけの、というような方法ではなく、行為の中に浮かび上がる事象を観念的に描写できる手立てに興味を持っている。付け加えれば、それを作為的に受動態である結果を用いて表現したいと考えている。注意しなければならないのは、女性がよく作るような自己中心的な観念的なものにはしたくないということだ。だからそこにはなるべく情緒性のような物は介入しないように心掛けている。作品の核になってくるところは、自問自答の繰り返しから発生していく。主題の全体系を、提示物としては服だけではなくて良いと思っている。服はあくまでもキャンバスではなくて、もしキャンバスだとしても構成の中心点は枠の中に収める必要はない(日本の美が持ち合わせているような中心点という意味)と考えていて、例えば文章(※たんに説明としてではなく)や文体、アフォリズムも作品の一つとしてとても大事な要素だと思っている。ついでに個人的には、ものを作る人はものを書けないといけないと思っている(※書く、書かないは自由だが)。そして最終的な根本としては、ものの見方や観点において「認識の変換」が出来るような表現が大事だと心掛けている。簡単に言えば、それは見た瞬間には把握できなくてよいものであるかもしれない。でも理解できたあと、他のものを見たときに、なんだかいつもとは違うように見える眼差しを獲得できれば本望である。そして、これら総ての入り口として「美しさ」(或るいは別の要素)は存在すると思う。
このような点に於いて杉本さんは完全に実行されていて、僕は生まれて初めて完全に「やられた」と思った人なのだ。やはりこの人は、表現方法という点にの目指すべき(というのは大変おこがましいが)人であると再確認した。
※こちらもぎりぎり27日まで。行く人は絶対に「本歌取り」のテキストを読むことを薦める。受付けに言えばもらえます。
2つ続けて大変興奮する。大事件日だ。
■つづいて駒場東大前へ。アゴラ劇場で行われていた大倉摩矢子の舞踏『スプリング』を観る。
果たして、大倉さんは1時間のうちに5メートルも移動したのだろうか。一見して、可愛いらしい顔、服を着ているが舞踏のその様子は背後に暗黒感というか力強さというかを漂わせつつ、でもやはり女性特有の儚さが滲み出ていた。
力強く引き伸ばしていく「スローモーションのような時間の進み」、という表現が正しいのかは分からない。彼女の暗示している流れとしての先の動作が見えないから、それが一体遅いことなのかさえ判断は出来ないのだ。例えば、顔を洗うという行為。これは次の動作が予測できるので、時間の流れに関して自分の日常行動と比べ合わせて、時間的概念は比較的に捉えやすい。そうでない場合、あくまでも断片的な動作での自己解釈はできるが、総体的に見れば、「その行為」は時間として考えるにけしてゆっくりとしているとは言い切れないのではないかと思った。
さらに、主観的に「スローモーション」だと感じてはいる連動性の動きの中で、それを継続していく身体自体は小刻みに震えている。全身から汗が吹き上がり滴り落ちる。その様子はまさに時間的概念に於いて同じ時限を共有しているのだという意識が強く働いてしまう。
賭けている集中力が彼女の力強さであり、美しさなんだろうなと感じた。そして、そう考えてみれば自分達も身体表現はしているわけで、その行為に対してどれほど命を賭けているのかという差の違いがそのものの境目なのではないかと感じた。だから、命がけで何かを製作しているその動作、行動しているその動作に関しては、それは何であれ、身体表現であり舞踏なんだと思う。“舞踊”ではなくて“舞踏”に近い気がするのだ。
もう少し考えてみる。
■だいぶ前から、かなり長い時間をかけて磯崎新の『見立ての手法』(金子姉、借りっぱなしでごめんなさい。)を、ゆっくりと繰り返しながらではあるが読んでいる。日本人の持っている「間」の捉え方。そのようなことを少しづつ吟味しながら、重ね合わせながら検証している最中で、どうしても見るものに対して「間」について意識して感じてしまうのは仕方のないことかもしれないが、今日はそれらの要素がとくに強かった。作品に対する面積や空白としての「間」はもとより、「時」という「間」、自分との距離という端から端を繋ぐ「橋」としての「間」、「遊」としての「間」、「移」という「間」、「寂」という「間」、「道行」という「間」。そして「禅」の精神だ。禅の精神と自分たちは無意識の層でつながっていることを強く意識させられた。そして禅問答を繰り返す。表現の方法についても。
■つづいて新宿へ。小幡くんと『東京会議』を開く。「東京会議」とは、いま勝手に名付けたものだ。ふてぶてしくて、いいだろう。去年の暮れに「プレ東京会議」は開かれていて、じゃあその先に、具体的に何をしようかという話はおざなりになっていたのでその件について話をした。しかし彼が「プレ~」のことはざっくりと話を把握している程度だというので、まずは順を追ってそのプロセスを説明したが、説明しながらも僕も曖昧な部分が多々あり、もう一度自分に対しても言い聞かせ、やっと自分も思い出せた節があった。そのことについて幾つか方法を記しておいたので、ひと通りいま考えていることを告げると、彼からもそれとは別の面白いアイディアも出てきて、それらを結びつけるような算段についてあれこれ意見を交換した。その場で素晴らしく何か全体が繋がるような青写真は描けなかったものの、種となるような幾つかの粒は出てきた。帰りながら、先ほど話した方向性だけではやはり、いけないな(というか足りないな)と思ったし、「何がやりたいのか」をもっと起源的に考え直す必要があると思ったが、そう思えたことがまた一歩前進であり、対話という生産的な摩擦の中で何かをはぐんでいくことは必要だと強く感じながら電車に揺られていた(もちろん寝てしまう)。森くんも呼んでまた意見交換「東京会議」を開きたい。
それにしても小幡くんは、まだ敬語まじりになるのだ。この場を借りて言わせてもらいたい「もう敬語はやめてくれ」と。さもないとな、こう言うぞ、「もう敬語はおやめになって頂けませんか」と。敬語には敬語返しだ。しかもへりくだるぞ。そんなことより、この場は僕の空間だから借りると申し出る必要もなかった。
■家に帰ると、興奮していたので製作を開始する。勝手にこれも舞踏だと思いながら。時間がない。
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(09:04 01/25 2007)

Jan. 23 tue. 『宝の山に眠る』
■きょうの1限「ファッションと人体」の授業では、間壁治子さんが昭和55年に発表された「未延伸糸を用いた衣服の動作による変形について」という論文をテキストにした講義内容だった。噛み砕いて説明すれば、動作時に必要な衣服のゆとり量を求めることを目的にゆとり分量±0の実験服(未延伸糸(一度伸びてしまったらもう元には戻らない糸)を縫いこんだ身体にぴったりとフィットした着衣)を作成着用し一体何処がどの位伸びるのかという実験と報告、という内容だ。これは非常に興味深かった。興味深すぎて終始口を開けて聴いていた。
こういうものを発想の基点にできないか、と思う。それは機能的な観点におけるデザインとかそういうものではなくて、その検証結果の中に、各部の伸び率のパーセンテージの中に眠っている物語があって、それを拾い出せないかということである。多少他意も混じるかもしれないが、円周率の覚え方で、3.1415・・・の中に物語を付けて覚えていく、というようなそれである。
どうしたら出来るだろう。なにか紡げる方法はないか。講義を聴きながら僕はそればかり考えていた。
このような研究が、ただたんに機能的なデータとして使用されるだけではとても勿体無いと思う。どきどきするような事態が、なにか、宝の山であり新しい方向へ進むための推進力が眠っているような気がしてならない。
(01:22 01/24 2007)

Jan. 22 mon. 『他人事ではない』
最近、電車の中で起きていられない。ゆえに、本を読みたいのに全然ページは進まない。座るから寝てしまうという構造は分かっているのだが、かといって座わりたい。座りたいけれど、読みたい。眠さと戦いながら無理矢理読書しようとしている姿はきっとブザマなんだろうな。でも他で読む時間が無いのでこの時間になんとかしたい。うーん、何かいい案はないのだろうか。こまったことに100%寝てしまうのだ。
■日曜は夜から保谷(西武池袋線)でフィッティングがあった。
保谷の大泉青少年会館というところに本生地の本縫いを持ってフィッテイングに行った。やはり、スカートのシルクは正解だった。動いた時、とくに廻った時に出る柔らかいふくらみは化繊系でなかなか出ないだろう。あとは比重があるためにかなり下に落ちている感じが気になる。これをどう解決しようかという問題と、付いてしまうシワの問題は片付けなければならない。考えねば。しかし、考えてる猶予は無い。
■車で行ったので帰りに三鷹と吉祥寺を経由して帰って久しぶりに「ブックオフ」に行くと、あまりにも本が安すぎてドカ買いしてしまう。同じ本でも安すぎるので2冊買いだ。<誰かに貸すとき用>とか分である。最終的に棚も見きれず、閉店だからと追い出された。それにしても安い、安すぎるぞ。また行くしかない。しかし、あんなに安かったら買う速度と読む速度が見合わないだろう。ちなみに、<誰かに貸すとき用>は買った瞬間にすぐに高橋さんに貸し出して、さっそく役に立つ。
■きょうは学校に行ったものの、衣裳の点検だけで終日が終わる。そういえばチーム名をまだ決めていなかったのだが「ワールド・アンケート」という名前にしようかと思う。理由はとくに無い。名前なんて何でもいいのに、といって実際に考え出すとキリが無くて、格好良いのもなんか嫌だし、味わい深いのもこの際必要としない。もう面倒くさいから視界に入った「世界中でアンケートを取りたい」という目と鼻の先のタイトルの見出しに飛びついただけ、というのが真っ赤な真実だが、投げやりすぎるとバレるのも不味いので、何とかあいまいな理由付けをしなければならい。まずは「ワールド」から。逆にこの距離感の無さがバカっぽい。お隣さんとすら繋がっていないのに世界を見据えようという図々しさとこの距離感の無さはまさに現代的だ。うーん。とりあえずおいておこう、次。「アンケート」という響きもバカっぽい。けれど、そう思っているのは自分だけかもしれない。あとは、

多くの人に同じ質問を出して回答を求める調査法。また、その質問。 

という語彙がなんとなく今回の作り方のプロセスに近い感じがする。うん、これが一番まともかもしれない。「ワールド」には触れずにして。しかし、大丈夫かこれ。自分の頭の回転の鈍さにはめっきりだ。プッシュはぜんぜんできない。なんか「決まりました」とかいって報告するのが恥ずかしくなってきた。どうしようか。「~アンケートを取りたい」だから「レッツ・ワールド・アンケート」はどうだろう。これはあれだ。普通に寒い。吟味する以前の問題だ。「レッツ」というやる気マンマンな感じが若々しい。逆におもしろいのか、いやおもしろくなってしまっているのはこの袋小路ぶりで、元来響きとしては何も持ち合わせていない。だからこのネーミングから「袋小路ぶり」が他人に伝わるわけはもちろん無い。そういえば、ちかいところで最近は、映画の題名なのだが「ブレーメンの自由」という響きがグッときた。「アンケートの自由」はどうだ。うん、開かれた社会のような感じがするね。それがどうした。どれもこれもダメダメだ。間違えている感は極めて大だ。だけどこれに関してはうだうだと考えている場合じゃない。何でもいいですよ!これこそ。
■学校が終わり、富永さんに見てもらう為のポートフォリオを小磯さんに渡しに行くと、そこで照明をやっていらっしゃる大庭(オオバ)さんにお会いした。横町に河岸を変え、大庭さんと色々な話ができてとても楽しかった。普段会わない仕事をしている方の話を聞くのは本当に興味深い。しかし映画の撮影現場の人間関係の話は、衣装チームをまとめなければならない今の自分の立場と似た状況がしてならなく、他人事ではなかった。明朗じゃないから自分も気をつけなければいけない点が多々ある。大庭さんにお薦めの映画をきいて帰りにその足で新宿TUTAYAに寄って借りる。今なら半額だ。帰りの電車の中でどこぞの方からメロディが聴こえてきたので思い出し、地元のTUTAYAに寄ってCDも借りる。今は半額じゃない。借りて帰ったはいいものの今日は観れない。昨日借りた映画がまだ2本とも残っているのだ。観る時間がないが、でも借りたい。なぜなら、今なら半額だからだ。
■富永監督の映画はホントに面白いですよ。特にこれが好き。
亀虫 亀虫
杉山彦々 (2004/07/23)
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■きょう発表された『第51回岸田國士戯曲賞』は【授賞作なし】という結果に終わった。理由が気になる。
本谷有希子 『遭難、』と 前田司郎 『さようなら僕の小さな名声』 は観たが他のは観ていないので何ともいえないが、ここ近年は受賞者が二人づつ出ていたし、チェルフィッチュ(岡田利規)や ポツドール(三浦大輔)などの若い力が台頭してきて勢いのあるドキドキするような雰囲気が漂っていただけに、内容はともかくなんとも残念な気持ちになる。しかし、該当者がいないのに授与してしまうことはまったくもって良くないということも自明の理である。この、賞としてのレベルを保持することも審査員の大切な責任であり仕事だと思うので、「与えないという結果を与えるという」この選択は仕方がないと思うし、これはむしろ前向きに捉えるべきで、逆に作り手から見れば、これは警告として受け取めるべきであろう。最終候補に残った人は残念だろうが、悔しい思いをしてもう一度奮起すればいいと思う。そうして「新しいこと」って生み出されていくのだろう。むしろファッションの世界こそ、そういう風にする必要があると思うのだが。今回の結果はけして他人事に感じることが出来なかった。「該当者無し」そんな気がしてならない。
■そして、ファッションの世界に興味がないことが露になってきている最近でもある。それならばなおのこと方法論と道を探っていかなければならない。
(02:33 01/22 2007)

Jan. 18 thu. 『祖父の職業』
なんだか普通に日記になってきてしまっている。
■久々に1限から大学院へ。
朝いちから電車の中で、ふと、ひとり暮らしの人たちが内包する感覚を知りたいと思う。僕は家に帰れば人がいる。そうじゃない場合の状況(とくに精紳的な面において)が僕には感じることが出来ない。ひとり暮らしをしている人たちと自分の間に存在する「見えない距離」を、感じることが出来ない感覚を感じる。なんだかな。睡眠不足のせいかな、その距離感に対して少し切ない気分になる。
朝からこれでは如何と思い、スターバックスで熱いコーヒーを時間が無いので一気飲み。一気に飲み干すコーヒーは不味い。つらかった。飲んだあと気付いたがユンケルとかにすればよかった。間違えた。
最近自分の作業ばかりをやっていたので学校へ行っていなかったが、久々に行ってみると色々な呼び出しが。まずは修了展示の件。
■そして形態機能研究所へ。
昨年末に、今年度の研究テーマ『COUNTER POINT(※対峙する姿勢のような内容)~アフォーダンスによる~』のために「座った状態の人体」の「パターン」が欲しかったので、文化服装学院内にある形態機能研究所の協力のもと、座っている人型の石膏取りを行って、造型屋さんにその「座った状態の立体模型」をFRP樹脂で成型してもらう事にしたのだが、嬉しいことにそれを形態機能研究所が予算を組んでお金を出してくれること(形態機能研究所の所蔵物になるらしい。普通に作るとなると10万は越えてしまうし、保存・維持が大変なのでこれは僕にとっても都合が大変良いことだ。)になって、ちょうど京都の造型屋さんが昨日今日と東京にいらしていたので直接お会いして打ち合わせを出来る筈だった。だったのだが、ここ数日僕がメールを開いていなかったばかりにそのように事が運んでいることを全然知らなくて、造型屋さんとお会いする事が出来なかった。それに関して僕は探されていたそうで、やっと今日になって伺うことになったというわけだ。説明が長い。でも続ける。
研究所の伊東先生(主任)と打ち合わせ。少しばかり、こう出来ないかというこちらの要望を伝え、それが制作可能かどうかを後日確認することでまとまる。しかし現在難航している石膏からのパターン取りを早く終わらせてしまわないと間に合わない。まずい事態です。

■大学院に戻ると事務局から呼び出し。先ほどの研究所の件だったようで一件落着した旨を伝える。それと年末に紛失してしまった学生証の再発行手続きをする。
ちょうどその話をしていた時小杉先生(院の研究科長兼デザインコース専攻長。去年まではBFBの校長)が通り過ぎ、今年からテクノロージーコースに行った僕に対しては普段めっきり冷たいのに、今日は僕を見つけた途端「あら、大悟さん。やっと見つけたわ」と言って、ウインクまでしてきたのだ(63歳くらいおばあちゃんだが、まだまだお元気です。)。最初はなんかまた怒られるのではと思ったのだが(基本的に呼び出しの場合、僕は大抵怒られると思い込んでいる。)「あとでお話があるの。」と言われて、「怒られるんですか?」と聞いてみたがどうも違うらしい。僕はそのときとっさに朝に聞いた妙な話を思い出した。先日、同じクラスの子が小杉先生から「大悟さんは、デザインコースに行きたいって言ってなかった?」みたいなことを尋ねられていたらしくて、いつもと違う先生の態度に“これは、”と思った僕は、今のこの忙しい時にそういう話はとても面倒だと思い「では後ほど」と適当なことを言ってその場を逃れた。何だ、人が足らないのか。それならうちのコースの方が人が足らないというのに。何を企んでいるのかはよく分からないが、そういう話は今は本当にめんどうくさい。
■メンズ仕立ての研究をしているクラスの子から、神田で購入してきた生地などを見せてもらう。“みゆき”だったかな。そんな織物屋の生地でそれがとても雰囲気のある風合いをしていた。「銀座山形屋」などの話を聞いていたら変な意味で神田に興味が湧いてきたので今度行ってみようと思う。昔は神田はメンズの仕立て屋さんが盛んな街だったそうだ。
研究室宛に届けてもらっていた生地類を教室に運び込み、今度は図書カードも紛失してしまっていたので図書館へ行った。手続きをしようとするとまだ6冊返していないことが判明。ああ、また免停だ。しかも、小平キャンパスから取り寄せたい本と、新しく購入して欲しい本のリストを出そうとしていたのだが無下に断られる。そういえば図書館、年末に申請した「デニス・オッペンハイム」の本を「絶対に取り寄せますから。」なんて豪語しておきながら結局「無理でした。」という通知が来てたな。
もちろん今日借りたかった本も借りることが出来ず、再発行までは貸し出し出来ないとも言われる。完敗して帰ってきた。
■昼休みは衣裳の打合せを簡単に済ませ、3・4・5限通しの授業(メンズジャケットの解体・再生)を受けている最中、異常に眠くなりミシンをかけている途中で力尽きる。10分寝てスッキリして、ご飯を食べていないことに気付いたのでこっそり抜け出して学食でご飯をかき込む。気を取り直して授業に戻るもこの授業、大幅にペースが遅れているのでまずいです。なのに、先生たちとついついちがう話をしてしまい、手を止めてしまう。集中力がない。
■全部の授業が終わって、友だちの助言(なぜか?)で無いと思っていた図書カードが「ある」ということが判明、やったラッキー。しかももう一度図書館に行くと出口のところに古い要らなくなった文庫があり「ご自由にお持ちください」とのこと。チェーホフと坪内逍遥を2冊ずつとディケンズを1冊もらって帰る。先ほどの完敗から少し取り戻す。
修了ショー(うちのコースは出しません。)と展示のDM詰めを皆でちゃっちゃと作業する。今年のショーのDMは図書券スタイルなのだが、これは本物そっくりなので絶対オバちゃんとかは間違えて使うんじゃないかと思う。そしたらこれは一応犯罪になるよね。そしたら面白いな。などと思いながら封詰めを終わらせ、学院の子たちを待って再び衣裳の打ち合わせ。しかし教室が閉まる時間が来てしまいあわただしく終了。帰りに生産工学室に寄り少し喋ってから帰るも、異常に疲れたのと寝不足の反動で人とご飯でも食べたいなと思ったけれど、帰って作業しなければならないので我慢して帰宅する。帰りの電車、本を読んでいる最中にいつの間にか寝ていた。

■そういえば昨日、まぼろしの祖父(父方の父)が日本海軍の将校だったことを初めて知る。父は幼い頃その関係で、目白(東京)や、呉(広島)、佐世保(長崎)、舞鶴(京都)と転々としていたそうだ。祖父は祖母と離婚しているために、僕は一度も会ったことは無いがまだ生きているそうだ。なんか4回くらい結婚しているそうだ。どんな祖父だか興味が湧く。



(01:20 01/19 2007)

Jan. 17 wed. 『変換作業』
■どうでもいいが、しかし驚いた。このメモの「文字」やらが大きい。最近ずっと眼鏡をかけて生活していたので日記の文字やら色々な設定の変更を、眼鏡をかけたまましていたから僕には小さく見えていたのだが、きょうコンタクトにしてパソコン画面をみて、予想以上の大きさにびっくりした。ま、でも、まあいいか。最近は「html」や「スタイルシート」の変換が日々の密やかな楽しみになってきてしまっている。あと本を読んでいるとき。これは完全に、現実逃避の何ものでもない。
「変換」に関しては完全にド素人なので、それはもう亀のような速度だが、試行錯誤しながらのこの一歩一歩感がたまらなく楽しい。総てに関して、やってみないと全然意味が分からない感がたまらなく楽しいのだ。まだまだ全然ひどいレベルだろうが、こんなレベルでさえ1つの問題が解決すると同時に10くらい問題を新たに発見するという知れば知るほど合点がいかない点が山ほど出てくる。ちょっとづつ試行錯誤するしかない。

■昼前から図書館に行っていたのだが、なかなか衣裳のコンセプトがまとまらない。脳のネットワークがぜんぜん稼働せず、色々な要点が結びつかない。むしろ別の関心ごとへと心が傾いてしまう。このままだと製作の方が先に終わってしまうんじゃないか。僕は全部普段からコンセプトが固まる前に製作をし始める。これは、手を使いながらでなければ発見できないこともある、ともっともらしいことを言えば格好もつくが、じっさいはもっと考えを捏ね繰り回したいのだけれど、期限がある場合は考えているだけで終わってしまうから。それではまずいので始める、というのが現実だ。でも実際やってみて発見する新たな可能性を乗せていく為の余白を残しておくことは必要で、理には叶っているといえば叶っているが。それにしても自分の場合は「まず仮定ありき」なので、そこはきちんと見定めていかないと、とんでもない事態になってしまう。まあ、あれだ。ギリギリまで粘りたいタチなのだ。
■誕生日ということで、父と母と叔母(母の妹)と(※のちに樋口くんも強制参加)目白の寿司屋に行ってきた。ここはとても美味しいのだが、きょうは市場が休みだというのでネタがあんまり無かった。そしてこの店は1月を持って那須に移るという。残念だ。
(22:57 01/18 2007)

Jan. 16 tue. 『深沢小学校』
■桜新町駅からさざえさん通りを抜けて世田谷区の「深沢小学校」というところに行った。ここの体育館で粗通し(初期段階のリハーサルのようなもの)の稽古があった。
“深沢”という響きは懐かしい。もっとも、自分が通っていたわけではないし住んだ覚えも無いところなのだが母が以前「東深沢小学校」というところに勤めていたため、幼かった僕は当時よく“東深沢”へ遊びに行ったものだ。そして現在、母は「桜町小学校」に勤めていて、地図で見るとなんと「深沢小学校」はちょうど「東深沢小学校」と「桜町小学校」の間の学区にあるのだ。意味もなくそれだけの理由で軽く興奮した。でもやっぱりよく考えてみれば何のゆかりもない場所なのだ、特に「深沢小」に関してはまったく。
■そんなことよりもだ。本当は今日、僕らが衣裳をあらかた作り終えて実際に着用し、照明や映像もまじえて粗通しを行う予定だったのだが、衣裳が終わっていなかったせいで、とりあえずトアルでやることになてしまった。最低だ。パターン枚数を変更する事情もあったが、関係者の方々に迷惑をお掛けしたことは間違いないし、本当に申し訳ないことをした。次回までにはきちんとしたものが出来上がっているようにしなければならい。もう、後はないのだ。
それにしても粗通しをひととおり見て、僕が想っていたよりも全然面白そうな舞台になるのではないかという感触を得た。これは最初に想っていた以上(僕はずっと部分的な稽古しか見ていなかったので全体感がまるで掴めていなかった)に期待できるかもしれない。ますます「きちんとしたものを作らねば」と身が引き締まった。
■それで今日は舞台監督・照明・映像・音響さん方々と初めてお会いして挨拶を交わした。みな感じの良さそうな方々ばかりで安心した。照明の影山さんはちょうどいま、仕事で新橋演舞場で行われているINOUE歌舞伎「朧の森に棲む鬼」の照明をやられているそうで、あ、じゃあ僕が観に行った4日の日もいたんですねえ、などと、届いているのか届いていないのかかなり微妙なラインの共通点で少し盛り上がる。
それにしても影山さんはほぼ毎日「朧の~」を観ていることになる。あのようなものを毎日観ているとだんだんどんな気分になってしまうんだろうか。家に帰ってきてからそのことが気になりだしたので、次回お会いしたらぜひ伺ってみようと思う。
■本番用の生地を使用したものを1部着てもらいダンサーに走ったり廻ったりと動いてみてもらったのだが、「みやしん」さんで譲っていただいた生地は、予想を越えてよい揺れかたや風合いを醸し出していて、これはラッキーだと思った。今回は“生地力”に頼ってしまうことになりそうだ。「みやしん」の凄さを改めて感じた。
ダンスにはあまり不向きなシルクだが、今回はふんだんに使用させてもらう。
(02:53 01/17 2007)

Jan. 15 mon. 『去年のこと』
ずっこけた装宛賞
去年のこと。
■僕は去年「装宛賞」という服のコンテストで特別賞(イトキン賞)をもらった。けれど、実際のはなし、ほんとうに自分がダメなだけなのだが作品は完成していなかったし、最終審査に至っては(※最終審査は大きなステージでショーをしなければならない)見栄えを優先してしまい、結果、コンセプトからは程遠いモノを提出してしまった、という経緯がある。
去年のことではあるけれど、何が駄目だったのか、あるいは気付いたこと、をきちんと書いておかないとまたやってしまいそうなので自戒の意味も含めて、そして、先へ進んでいくためにもこれから暇なときに書いていかなければと思う。
■コンセプトに関しては全然伝わらなかったと思うのでその辺の説明も書いておきたい。あと、審査員の先生の話とかも。

修了展示風景
■BFBの修了展のこともいずれ書いておこうと思う。という願望で今日はおわる。
と、もっともらしいことを書いているけどでも本当はこのメモ、きのう〈画像の回り込み〉が上手く出来なかったかったからなんとかしたくて、それでなにか画像を貼り付けるために書いたのだ。きのうよりはうまく〈回り込み〉が出来た。でも画像の上部と下部の間隔が上手く開かない。あと画像と文字の上部の高さが同じにならない。くそう、ド素人なのでぜんぜん道はけわしい。
(07:15 01/16 2007)

Jan. 14 sun. 『「服」逮捕の続き』
裸
■「服」を脱ぐと何故逮捕されるのか。という話である。
ご飯を食べなくても、家に住まわなくても逮捕はされない。これらと比べると「服」は一番生命に関わる問題としては遠いのに。しかし、考えてみれば人に迷惑をかけるという行為としての区別だと思えば既成概念で捉えると直ぐに納得できよう。でも、ここでひとつもふたつも待って欲しい。なぜ裸が人に迷惑をかけるのか。Wikipediaには「裸」に関してこうのように述べられている。そうなのだ、ほとんど述べられていないのだ。別にマイナーなキーワードではない。無一文になっても捨てることの出来ない「裸一貫」の「裸」だよ。多分、数字で言ったら「ゼロ」にあたるんじゃないか。それなのにWikipediaでもこの程度なのだ。
生まれたままの一番自然な格好がヒトサマに迷惑をかけるのか。だって、むしろ芸術のモチーフにすらなるような「王道スタイル」ですよ本来は。それが社会では「横道スタイル」として見なされている。“猥褻”だなんて、隠してるからそうなってしまっているわけで、そういう観点で言っていいのなら、“顔”の方がよっぽど猥褻ではないのかよく見ると。もう日本の文化の中では「完全に出しちゃってる」から普段うっかり見落としているけど。だいたい“芸術”とか“猥褻”とかで括って判断してしまうものでもないような気がする。
■「裸は人に迷惑をかける」。本などを読んでも、モードや社会において扱われるこれらの議題は、この辺のことはわかってはいるんだけれどなんかもうひとつしっくりこなくて、いやこの「わかっているんだけど」感自体にかなり納得がいっていなくて、だいたい“迷惑”って何か。これはもうずるずると考え続けていかなければならないテーマだなと思っている。「人に服を着せる社会の都合」。このご時世の問題から過去の負の遺産に至るまで、社会や政治諸々のことを「服を着る理由」で何かひとつ、説明できるんじゃなかろうかともうっすら思っている。そういう部分にも繋がっていることくらい「服を着る」というこの当たり前の行為は当たり前過ぎて忘れがちだが、だからこそ洗い出してみる必要があると思うのだ。
と、言いすぎかもしれないけれど、言いすぎくらいで取り掛かるくらいの方ががちょうど良いのではないか。でも、ここまでで全然まだなにも、提議しかしてないが。
■ともかく僕らは、無意識的にいつの間にか服を着ていて、そしていつの間にか脱ぐことが出来なくなっていていることは確かなことであって、個人の趣味の否応がなしに服は着用しなければならない。
と同時に、あらゆる面から「服について」を考えることで「服」について新しい考え方を見つけられると思っている。
ちょっとづつ考えていこう。
(23:49 01/14 2007)

Jan. 10 wed. 『多聞小学校』
■トアル衣裳合わせをした。
今日は世田谷区の多聞小学校でダンスの稽古があり、衣裳のトアルを持参してチームの子達と行ってきた。
冬場の体育館はハンパじゃない寒さで、そして体育館履きなど用意していなかった僕らは土足でいなきゃいけないわけだったのだが、本当にこれが室内か!というほどの寒さだった。総ての体温を持って行かれるのじゃないか、というような勢いの寒さなのだ。しかも僕たちは、試着をして確認するだけなので、ほとんど動かない。危機を感じたので床に運動マットをひいてもらい、フラフープをして寒さをしのいだ。あげく、6着分預かっていた子が「学校の点検」が終わらなくて一緒にこれなかったから、彼が遅れてやってくるのをこの寒さの中でひたすら待った。それで僕は運悪く風邪も引いていた。
遅れてくる子に電話で場所を説明している子が(※途中にアンゴラ大使館があるのだが)、「池ノ上からアンゴラ過ぎたらまた電話して」と言っているのを聞いて、言葉だけとらえた場合の、限り無く身近な地域名から想像しがたい地域名までのそのグローバルさ加減と距離感に対して、あまりにも軽薄すぎる物言いだった為、なんだかよく分からないが「凄いな」と感心してしまった。
とか、どうしようもないことに頷いているくらい待ち時間が暇だったということだ。
■トアルが到着したので、急いで着せてみるも折りたたみシワや実布よりも硬いシーチングだったので、あまり良く見えず。何よりも分量に問題があるようなきがした。なんか、とてもまずい気がした。あと、わずかしか猶予は無いが、もう一度パターン枚数を増やして作り直す必要があり、今はその決断を迫られている。
試着作業を終えて体育館の外に出ると、中よりも暖かく感じた。
みなさまご苦労さまでした。
(02:43 01/11 2007)

Jan. 08 sun. 『あるいは空でいっぱいの海』
■人体石膏の内側からのパターン取り+展開が全くうまくできずに悶々としている。何回やり直せば気がすむのか。いや、もう「気」は全然すんでいるのだが「気」に「内容」が伴わない。しかもこれ、いちど途中で失敗すると総てオジャンになる。気が滅入りそうになる。ああ、もうラーメンでも食べに行きたくなる。雲柳紙と大和糊とはだいぶ友達になった。あとは切り開く技術なんだよな。愚痴になってきているので気晴らしに、熱海のことでも書く。
熱海


■その日のできごと

自分が生まれた季節だからだろうか、小さい頃からこの時期の空気感がとても好きだ。
1月8日は快晴だった。
熱海で海開きをした。
この季節にしてはめずらしく海は穏やかで、むしろ穏やかさが足りないのは僕の方であるくらいだった。
人もいない、辺りは静かな砂浜で(友だちはしつこく“ビーチ”と言い張るが)もっとも今時は何処もそうであろうがご多分に漏れず “熱海”も名前とは裏腹に“寒海”だった。付け加えておけば“極”が前に付くほどの。
準備運動をろくにせず、ありきたりの定説のように「海に向かって走って」行った。
人はなぜ海に向かって走るのだろうか。自分より途方もなく大きなものの中へ身を投じる心構えとして勢いをつけるためであろうか。あるいは海面に向かって傾斜になっているために都合上走りやすい、というのもあるのだろうか。
おそらく僕らはその日に限って言えばそのどちらでもなく、水着になったらなったで空気の寒さに耐えがたく、そこから逃れるために走ったにちがいなかった。
オプションで「叫びながら」というのもある。が、あいにく都合よくこの日の僕は声が出ず、走り出すと代わりに空気の音が聞こえてきた。

■ポセイドンとモバイル

走って飛び込んだはいいものの、激しい外的刺激が体中を襲い心臓、というか全身が物凄く驚いた。
そして海水は、予想を上回る“しょっぱさ”だった。
しかしこれは、最近一人相撲で勇み足気味な僕にはちょうど良い“お説教のようなしょっぱさ”だった。
海は、「人生甘くないぞ」という。
ポセイドン神、そうですか。試練は使命ですか。
細木数子のそれによるならば、今年僕は最高潮らしくてやる事なすこと総てどうしようもないらしい。でも、せっかくだったらどうしようもないことを今年のうちにやっておきたいなという気持ちではやる。
でも、どうしようもないことって大殺界とかそういうのに関わらず、結局自らが招いている訳だから、それは結局今にはじまったことではない。
悪いことは自分で呼び込んでいるのだ。
そして、良いことは期せずしてやってくるものだ。
この“やってくる”という「待ち」の態度が遺憾と思うわけで、だからこちらから何とかしなければ、と足掻いてみようとする。しかし、そういう時にきまってそれは空回りする。
でもまあ、実際はあんまり“やってこない”。“やってくる”のは国民年金の催促状(学生の申請まだしてない。)とかTUTAYAメールとか、携帯電話の通話料とかそういうものくらいだ。
いま海に潜んでいる僕の電話番号は<090-5530-4649>なのだが、これには「Go Go 三十よろしく」という暗号解読が潜んでいた。
1月15日で僕は三十になった。学生です。
いい大人の情けなさよ。今年はこの情けなさをあきらめて受け入れていきたい。
“行け、行け”とモバイルの神様は言う。
モバイル神は僕をけし掛けるが。大丈夫だろうか。
海の話に戻ろう。

■あいまいな海

深い方へ向かいながら僕は頭を再び海の中へ沈めた。
途端にあたりは急に静まり、気持ちも鎮まった。

海中はきれいだった。

熱海がこんなにもきれいだとは思わなかった。もう少し濁っているのかと思っていたから。
なだらかで平坦な傾斜がつづき砂の粒子がとても細かく海底をさらさらと流れていた。 魚は見当たらなかった。
浮力のせいで重力があんまり無いから宇宙みたいで、海中と言うよりは海宙だなと思った。
僕は自身の身長ほどの深さの場所まで行った。そしてお願いを海にした。 いま考えると他力本願か、これ。
いちど海底まで身を沈め、そこから思い切り空に向かって地面を蹴り上げると浮遊力も手伝ってなのか上体が腰の辺りまで海面に出る。
それを、三十になるからということで三十回のジャンプを繰り返してお願いごとを祈願した。
回数を重ねるごとにあいまいな感覚になってきて、それでも海底を力強く蹴り上げる。
途中から急に、ダンスしているような気持ちになってきた。
一回ごとに全力でやってみる。
上手にいった時は骨盤くらいまで出ている感覚だった。
これはダンスだ。水平線に向かって空へ垂直を意識して跳んだ。
空と海を隔てる水平線はいつみても果てしないが、目を凝らしても薄めにしてみても水平線は杉本博司の作品のようには見えない。カメラって凄げえなと思った。
三つのお願いをした。3×30=90。
ダンスは大切だ。とくにうまく言葉で表現できないときは踊ること、というか身体表現にかぎるなと思った。
言葉とはちがうもうひとつのアウトプットだった。
体がぽかぽかと暖まってきて、肉体疲労と同時になんだか馬鹿みたいで楽しくなってくる。季節もいつだか分からなくなってきた。だんだん所在すらつかめなくなってくる。
だんだん海の中で体の中が空っぽになっていくのが分かる。
海は膿みを出しまた何かを生み出す。体は空だ。
水平線が消えてなくなり僕の中で、空と海は合体した。

「空海」、である。

海はいっぱいで、その中で僕はコントラストにもならないほどの存在だった。小さすぎた。
「弘法にも筆の誤り」(誰にでも間違いはあるもの。)
(※「弘法大師」とは、空海の死後、ダイゴ天皇により贈られた空海の<諡号>である。)
声は出ないが、ここに来てよかった、と思った。

「虚しく往きて実ちて帰る」(空海)

■海外へ行く

僕はいま海中に棲んでいて、思いっきり跳ばないと海の外には出れない。
向こうを見ると友達たちが遊んでいた。あっちに自分はいなかった。
あいまいな海の中でいつのまにか、身の所在の主体は海の中に切り替わっていった。
海には、呼吸のしかたを教えてもらった。
海が主体になって、息が吸えないということで、呼吸を止めるよりも逆に呼吸の吸いかたの方が重要になってくるのだ。そうだ、陸に上がったらもっと上手に呼吸しよう。
もう最後のほうは疲れていて、“海でおよぐ”というよりは“海でそよぐ”感覚で陸に向かった。疲れたので飛行機にでも乗りたかった。でも、陸から離れているから今は離陸しているし“飛んで”はいないが“跳んで”いた。陸が近づいてきたので僕は着陸態勢に入った。
熱海は海外だった。
もっとも、すぐにこの感覚は去って行ってしまったけど、海中から外に出るということで僕にとってはそこは一瞬海外である、という事態になっていた。

主体は逆転して元に戻った。

どっちにしろ何もやってこないだろう。
探しものはかえって見つからないというけど、
でも、やっぱり手当たり次第は探してみようと思う。
べつに出てこなくたっていい。
探さないと、忘れて消えてなくなってしまいそうだから。

■因果鉄道

ともかく、今やったことはその先へつづいていくのだ。
線路はつづくよどーこまーでーもー。
帰ってから僕は物凄く風邪を引いた。



■よし、作業に戻ろう。
(23:34 01/09 2007)

Jan. 06 sat. 『みやしん』
「服」は逮捕の話を続けたいところだが、今日の活動を。
■ルノアールで。今日は朝からルノアール新宿区役所横前店貸し会議室4号で衣裳の全体打合せをした。貸し会議室は便利だが、電話予約では1個大きめの部屋を取らされて、罠に嵌められた。絶対もう1ランク安い部屋で平気だったのにニ千円損した。二千円で買いたい本があったのによ。
愚痴終了。
今日は主にスカートのトアルチェックがメインだった。十人十色である。一つの限られた形から展開していくという方法を今回は試みたのだが、作者によって実に性格が出ているようでおもしろい。


■丁度打ち合わせの終り頃、昨日アポイントを入れておいた「みやしん」の宮本社長から電話があり、生地の件を伝えると、快く引き受けて頂けたのでさっそく八王子に向かった。
作業場

「みやしん」は機屋さんで、宮本社長は大学院の教授もされているので、僕から見れば宮本先生にあたる。昨年末の工場見学の際に訪れたのだが、その時は古くから使われている織り機の機械的なかっこうよさ、即ち、機能や構造から来るその造形美に心を奪われ(写真も機械の接写ばかり撮ってしまった。この画像はちがう。)終始そっちばかり気になって見てしまっていたので、生地を正面から見据える余裕がなかった。だから素材に関してもぼんやりと認識する程度だった。しかし、ダンス公演の衣裳の生地を普通の生地屋などで探していると、結構イメージするものが見つからない。そんなとき、ぼんやりと頭の中で追っている風合いといえば頭の片隅に残っていた「みやしん」の風合いだった。
倉庫をひと通り漁ってみると、これは僕が思い描いていた以上の風合いなのだ。いや、前回きちんと見ていなかった、ただの認識の甘さです、前回も今回同様よい風合いだったのに違いない。大変失礼致しました。これらの生地を破格のお代で譲って頂いて、67m購入した。
最近落ち気味だったモチベーションが上がってきて、作るのが楽しみになってきた。考えてみれば、生地を見て作るのが楽しみになった瞬間って初めてかもしれない。あ、自分で感光乳剤を塗った生地のときは楽しかったな。
■生地選びのあと宮本先生とお話をさせてもらった。先生は29歳になって(ちょうどいまの僕と同じ頃)まったく関係ない仕事(旅行会社)から実家の生地屋を継いだそうだ。この世界に入ったのが遅かったために猛勉強をなさったそうで(現在では、MOMAにもテキスタイルが所蔵されている。)このころはずっと「大体2時間睡眠でやっていた」と言われ、僕はびっくりした。頭は痛くなるが2時間は慣れれば出来ると仰った。僕はそれに比べれば全然寝ているなと。さいきん自分の勉強不足ぶりに駄目さ加減を感じていたが、甘さを痛感した。この人の前では、僕のはすべていいわけだ。恥ずかしい気持ちになった。それでも2時間は無理なので、今は4時間から。4時間を目標にまずやっていこうと思った。いやそれにしても2時間睡眠を敢行している人を久々に聞いた、そう、エイフェックス・ツイン以来だ。宮本栄治=リチャード・ジェイムス。あ、そういえばどことなく似ているかもしれない(顔は似てない)。曲の風合いと生地の風合いが。牧歌的なんだけれど力強い存在感、各々の民族的ルーツを大切にしていらっしゃるところも!いま気付いた新しい発見だ。
先生は「たくさん本を読め」と言っていて、活字は想像力を耕すからだと言っていた。新しいものは開発するには想像力とつよい好奇心が必要で、だから「ムーとか宇宙とかUFOの類がとても大好きなんだ」と目をキラキラさせて仰っていた。そしてもっと大切なのは既成概念に捕われないこと。あたまでイメージして逆に固まってしまうのが一番よくないと。やっぱりそのためにも外的刺激は常に必要だな。僕は服を考える際、まず文章を書く事から始めるので(※ほとんど最後まで文章だが)、その旨を伝えると、「それは大変よいことだ」と言われた。けして突拍子もないことを言われたわけではないが、やはりこのような方に言われると説得力がある。
いま思い出したけど、エジソンとかもあんまり寝てないとか言ってな。
ともかくもっともっと本を読まなければ。
お忙しいところ、急な申し出でを快く引き受けてくれた宮本先生。本当にありがとうございました。
(22:30 01/06 2007)

Jan. 05 fri. 『意味』
「服」ってどういう意味があるのかみてみると、

【服】・・・
(名)[1] 身につける衣類。ころも。[2] (和服を「着物」というのに対して)洋服のこと。
(接尾)
[1] 粉薬などの包みを数えるのに用いる。[2] タバコ・茶などをのむ回数を数えるのに用いる。

【服する】・・・
(自動詞)[1] 他に従う。やむなく、または納得して従う。服従する。[2] ある事に従う。
(他動詞) [1] 従わせる。 [2] 衣服を身につける。着る。[3] 薬や茶などを飲む。服用する。

【服従】・・・
(名) 他の支配・権力につき従うこと。

【服務】・・・
職務に服すること。仕事につくこと。

【服役】・・・
懲役につくこと。兵役につくこと。

ふくする【服する】
類語:
⇒ つかえる【仕える・事える】
⇒ くだる【下る】
⇒ したがう【従う】
⇒ のむ【飲む】


他に何かあるかな。

『本来、服は楽しく、自由なものであるべきです。』

うん。感じ悪い。

(02:03 01/05 2007)

Jan. 04 thu. 『12月22日のこと』
昨年12月22日のこと(転載)
■今日は今年の研究テーマの為の石膏取りをした。文化服装学院の中の形態機能研究所に協力してもらった。座位の人体の石膏取りは形態の先生も初めてだということで上手く出来るかはやってみなくては分からない、と言われていたが、みんなに協力してもらえたお陰でかなり上手くいった。FRP樹脂に整形するのも造形屋にお願いできそうで一安心。忙しい時間を割いてもらいコースの生徒にも手伝ってもらって結局8人くらいで型取りした。しかしこれはやはり周りの人たちの協力無しには僕は何も出来なくて、感謝の気持ちでいっぱいになり、また僕も恩返しをしなくては、と思った。
■夕方の授業を受けながら、目を盗み出てはバイオ(文化の喫茶室?)で衣裳の打ち合わせをちょこまかとする。パターンコピーの為にコピー屋に出しにいってくれた子には、代金は「1500円くらいです。」といわれたが、出来上がりを取りに行くと18,000円も掛かっていた。かなり痛い。師走はみんな忙しい。でも、このミスは酷い。反省。
■サカイの人と飲みに行こうと言いつつ、おざなりのままだ。このままでは年を越してしまいそうだな。家に帰る途中スーパーに寄ると丁度半額タイムに。牛挽肉、牛ヒレ肉、豚生姜焼き用肉、豚バラ肉、鳥もものスティックと肉ばかりを買った。あ、紅生姜とほうれん草も買った。
(09:30 01/04 2007)

Jan. 02 tue. 『服は逮捕です』
都庁からの元旦景色

2007年、明けましたよ。
手帳も去年から継続で使うし、実生活に於いても何の区切りも着かなかったので全く明けた感がありませんが。この写真のように。普通です。

一応、日常的な活動も記しておいて損はないかな、ということでなるべく記すようにする。今後の反省点としても生きるだろうし。


■2日は朝から新宿で衣裳上半身チームの打ち合わせをした。
今公演のテーマにあたる「重力」にテーマをあてて衣裳を製作しているのだけど、コンセプト立てに伴う掘り下げ方がいつもと比べて全然甘い。頓知が無い。笑いが無い。時間が無い。自分の方の今年度研究テーマの方の掘り下げで手いっぱいで(こっちもこっちでかなり未消化だ)ってのもいい訳だけど時間が無くて。でも期日は待ってくれない。進めていかなくてはならないので、全然納得いかないながら半ばなし崩し的に推し進めているから、具体的な箇所のデザイン(裾の丈や始末など)に大分しわ寄せが来ている。寒空の下、もう既に冷え切ったコーヒーを啜りながら小一時間くらい悩んでしまい上半身チームの子らには迷惑をかけた。
取りあえず、副資材を見てみようということで行ってみたのだけど、オカダヤもトーアも閉まっていて、東急ハンズに行ったけどお目当ての材料も無く決定は6日に持ち越されることになった。
チームで製作している為、今はなんとか雰囲気で進めているがこれから訪れるであろう全体の擦り合わせの時が本当に勝負だ。やはりこのようなやり方はあまりよろしくないなと反省しつつそれでも進めていかなくてはならないので、今度からは気を付けようとただただ思うばかり。
あとは、もう少し本を読んでみて、最終的にはなんとか総てをくっ付けていく作業がカギを握っています。こんなこと言ってて大丈夫か。


■去年、装苑賞の授賞式の際にも少し触れた事だけど僕には至極簡単な疑問がある。「衣・食・住」という人間の生活における要素の中で、例えば、「食」は食べなければ死んでしまうし、「住」まいも無ければ死にはしないかもしれないけれど命に関わる状況的としては切実な問題である。その点「服」は着なくても死にはしない。以前大学の頃調べた際に、実際南極の方などの寒い地域でも裸族は存在していたし、そもそも人類は服を纏うようになったから弱くなっていったという説の方が納得できる話として見止められた。
にも関わらず、「服」を着ないと逮捕されてしまう。ご飯を「食」べなくても逮捕はされないのに。家に「住」まわなくても逮捕されないのに。
「服」は逮捕です。
(つづく)
(15:34 01/02 2007)

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