2010年12月

竹内宛メール

12 09 10 09 06 05 03 01 12 11 10 09 07 06 05 04 03 02 01 12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 12 

ファッションのマルチチュード

BFBの修了Show

明星大学造形芸術学部

文化ファッション大学院大学

BFGU夏季合宿



Marlene Dumasハイレッドセンターの本The Idiots Are Winning.

身体/カラダ/空だ
  Copyright ©2006



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
(--:-- --/-- --)

Feb. 27 tue. 『ジンジャーエール買って飲んだ』
■前回の日記は何を書きたかったんだろうか。金曜~土曜の深夜まで出歩いてしまい、日曜日は完全にノックアウト。書いているときが1番体調が悪かったんだろうな。何を訴えたいのかよく分からん。というか、場面場面で終始体調不良を訴えている有り様は、みぐるしいものがある。ダメだ。体調が悪いときはなにも書く気がおこらないわ。
GINGER ALE
■風邪のことをミクシィに書いたら、やはり「生姜」がよく薦められる。しかし加工するのは骨が折れる。あの行為。下へ押しやりながら前へ後ろへと動かさなければならない「摩り下ろす」という律動運動は、病人にとってはもはや文字通り運動の域に達している。きっと「運動はしちゃいけません、見学しなさい」と医者も言うだろう。だったらアレでいいだろうってことで思い出されるのがWILKINSONのジンジャーエールだ。元々これは凄く好きだった。学生の頃は羽村のファンタスでダース買いしてた時もあったが最近はめっきり。店においてあれば飲むが、自ら求めには行ってなかったな。そう思い立って「成城石井」へ買いに行った。82円。少し高い気がするけど、こんなものだったか。酒屋のほうが安いかもしれないので今度行ってみるか。しかし、これ「アサヒ飲料」だったなんて知らなかった。国産だ。風貌からして外国産だと思っていた。この味だ。ピリピリしていてやはり美味しい。ジャマイカ産の生姜を使用しているそうだ。
■しかし今回の風邪はあとを引くな。まだ治っていない。何かを食べると胸がやける。ジンジャーエールを飲んで早く治そう。治っても飲むけどな。
read more...
スポンサーサイト
(21:03 02/27 2007)

Feb. 23 fri. 『ゆきゆきてしんだ』
■くすぶっていた風邪がついに開花し、状態は最悪だった。熱を出したときには療養しなければならない。しかし、そういう時に限っていちど外出してしまえば開き直ってしまいアクティヴになってしまうものだ。あんまり寝てなかったりすればなおさらに。ほぼ徹夜明けでぎりぎり13時過ぎまで作業をして家を出た。体温は38.4度だった。
庭劇団ペニノ『笑顔の砦』
■下北沢へ。庭劇団ペニノ「笑顔の砦」を観た。昼ギャザだったので半額ちかく返ってきた。前回は半端じゃなくおもしろかったペニノだが今回は。開演2日目でまだこなれていないのだろう、あきらかな改善点が随所にみられた。しかし、この劇団は千秋楽までにだいぶ変化があるようなので楽日までにはまた違った完成形になることを期待しつつカーテンコールの拍手をした。前後に見る色々なモノの影響は大きく相互作用する。体調が万全ではなかったので率直な感想に確信はないが、この前観たばかりの「青年団」の影響が僕の心の中で大きく残っていて、そういうせいもあるかもしれない。大学時代の友人の五十嵐(み)が出でている。ペニノは注目されている若手劇団なので(※先日、NHKにも取り上げられていた)人目に触れる機会も多いだろう。大阪公演もあるという。体調に気を付けて楽日まで頑張ってもらいたい。彼女が最近出ている乞局という劇団の演出家・下西さんがいたので挨拶をしてみた。僕はチェルフィッチュに出ている下西さんがすごく好きなのでその旨を伝えたが、いつも思ってしまうがなんかそういのって、妙に気恥ずかしいものだ。
■展示に作品を出さなかったことは「自分の作ったモノに対する冒涜だ」という過去にある人から言われたことを将と思い出し、装苑賞に応募してみることにした。しかし、僕は始めるのがなんでもかんでも遅い。17時半からファイル作りを開始したが、なにせ壱から作り始めたので、結局出来上がったのは22時半。じつに〆切りから4時間半が経過していた。ちょうど金子(妹)が新宿に来たので少し手伝ってもらった。さすがに今回は受け取ってもらえないと感じつつ、文化出版局へ持って行ったのが22時50分。恐る恐る編集部へ入ってみると、装苑賞担当者の方たちはいなかった。代わりに他の装苑の編集の方がいて受け取ってくれた。運がいい。運に委ねた生活は、もうやめないとな。そして出し終えると、さきほどまで忘れていた具合の悪さが高波のように舞い戻ってきたが外に出てしまえば結構テンションは揚ってしまう。風邪を寄り切り誘われるまま飲みに行った。
■渋谷「もつはち」へ。尾畑くん、渡辺くん、、森くん、小幡くん、中山さんと飲む。僕はむかしから高熱につれてテンションがあがってしまうのだがそういうとき、話が噛みあわないということとあまりにも浮わつきすぎるという難点がある。案の定「この場」でも、自分が発している内容に対しては何か、おおいに欠落している実感を感じていた。それでも、彼らの話は僕の経験していないものでとてもタメになるし、楽しい時間を過ごせた。というせいもあり、終電で絶対に帰る意気込みだったが時間はあっという間に過ぎ、あっけなく終電を逃す。朝から何も食べていなかったのに飲む。外気に触れたとたんにテンションでは乗り切れないとんでもない悪寒が駆け抜ける。2軒目に行った矢先で体が持たない予感が満載だったので退場した。友人宅に連絡し急な来訪を強いる。へろへろ加減を気遣ってくれた中山さんがタクシーを拾ってくれて、僕は歩ける距離をタクシーに乗ってイッセイビルに向かった。タクシーのおっちゃんはこの距離でケアレスミスをかまし奇跡のツーメーター。でも僕はそのとき死にそうだったので、逆に少し愉快に感じてしまった。
■石井さん、谷くん、高原さん(グリコーゲン)、竹林くん(ミュウチクリン)、は明日へ向けての製作の真っ只中だった。といっても竹林くんはフラフラしているし、高原さんは僕に甘えてばかりいて、二人とも職務怠慢であった。部屋に入ると少し元気を取り戻し、しばらくイスに坐っていた。迷惑にも夜半におしかけ、風邪薬も頂き、ひとりフトンで療養させてもらった。フトンに入った瞬間、ここは天国か、と思った。命拾いしました。ありがとう。
■明日は昼からテストだったが、「オンキャドラー」もプレス用の撮影が文化のスタジオであった為、車に乗せていってもらえそうだ。ちょうどいいタイミングだと思いながら永遠の眠りに落ちた。というのはウソです。生きてます。
(02:14 02/25 2007)

Feb. 23 fri. 『最近の思考 2』
■まとまっていないので書き散らす格好になってしまうけど、先に進まないのでそのようにする。まちがいや迂闊なことが多々書いてあるかもしれないが、ここは僕の「思考の場」書いて整理する為の場だけど、もし他の意見や助言などがあればメールで送ってもらいたいです。
■しかし、である。しかし、やっぱり現状の制作方法にも疑問があることも確かで、それは自分の作品の「質」に由来する。ここでいう質とは、縫製という部分ではなく(※もちろん縫製は不可欠だ。)、もっと内包的な完成度としての「質」のことだ。それをなんと表現すればいいのかしばらく考えていた。それは、杉本博司がいうところの「時間の経過に耐えられるか」ということだと思う。5年後、10年後に耐えられる作品であるのか。半年後には古くさくなっている物、つまり時間の経過に耐えられない物を作ることに、自分自身について疑問を感じている。もちろん他の人が何を作ろうが全くかまわない。これは自分の問題だ。色々な物に触れるにつけその感慨は深まるばかりだ。ここ最近は、モノを見るとき、特に「この人は何を考えて作っているのだろうか」という点は省いて鑑賞するようにしている。そうすることで作品に内包される「質」が表立って見えてくる。要は、内包するものがしっかりとしていればそれは外部にまで現れるということだ。「内包するもの」とは多分に、テーマに対するアプローチ、どこまで掘り下げているか。歴史や時間の重みだ。テーマが深ければいいという訳ではない。テーマに対しての迫りよう。それぞれの創造性的な声(というと少し大袈裟だけど)に近づくために続ける個々のアプローチの度合いだ。これは感覚的なことを除外した部分でのリサーチと考察が必要になってくる。例えばきちんと時代を継承したテイラードジャケットにはそれだけで風格が伴う。軽さは感じられない。といって、時間の網を潜り抜けて来た伝統的な技には敬意を払うものの、それが自分の表現したいことでもない。目立ちたいわけでもなく、驚かせたいわけでもない。格好いい物が作りたいわけでもない。求めていることは、新しいもので時間に耐え得うるもの。
そういう意味で自分が何をやりたいのか、根本から考えることが必要だ。
■もうひとつ理想の形をいえば、「見ている半分の人が笑っているが、半分の人にとっては笑えないシロモノ」(※意味が分からなくて、という意味じゃない。)、という状態が1番好ましいと考えている。全員が笑ったり、感動できるものは望んでいない。むしろそれは気持ち悪いとさえ思う。受けとり方は「笑えない物」というのはあるとき滑稽であり、「笑える物」とはあるときシリアスで、だからそのような2つ点がちょうど重なる「ポイント」。それが自分にとっての頂点だ。つまり、僕は「服を着せたい」とか「着てもらいたい」ということを、まるで考えていない、ということである。これは問題だと思う。着るために作られているのが「服」なのだから。この点においても僕が「服」を作りたいのかということにおおいな疑問が現れる。
■あとは。揺り篭から墓場まで。これは元々は違う意味でのスローガンだが万人にとって分かり易い物を作りたいという希望がある。なるべく簡単なものだ。前に触れたことを踏まえての簡単なことというのは、ほんとうにむずかしいと思う。
■話を少し戻そう。引っ掛かっている「中身」について。年末ある席で、何人かの方と話していて「ファッションとはそういう軽いものなんだよ。」という一つの結論に行き着いた。そのような認識としての枠組みの中でしか適用されない「服」という言葉であるのならば僕の作っている服は間違いなく「服」ではない。しかし、アパレルの業界の中で何も経験していない以上あくまでも僕にとってはまだ仮定でしかないのも事実である。しかし現状色々なモノを見てきている中であまりにも「服」は軽すぎる、とつい思ってしまうのだ。例えばサイクルにしても半年でまた作り直していくこのシステム。
■これはお金を稼ぐ為のシステムというのが前提でサイクルが出来上がっているということだ。つまり「服」はなによりもまず商売なのだ。

『「服」を換骨奪胎した物を「服」として製作したい』

という言葉が、僕が製作したい物を指し示す1番近い言葉なのかもしれない。(つづく)
      


(10:28 02/23 2007)

Feb. 22 thu. 『最近の思考』
■最近「書く」につれ、自分の語彙のなさや表現の乏しさが身に染みて分かり、辟易するばかりだ。それでも書かなければ進まないし、作業の合間には書くことで考えなければならないこともある。しかし、悪文だとは思いつつも書き綴っていかなければならない気持ちは如何ともしがたい。勉強が足らないな。それに最近見たものに対しても概ねの曖昧な感想しか書けず、加えてそれすらもうまく自分の的さえ得ていない。あげく文章というものは長く書けばそれだけどんどん乏しいものになっていく。そして関係ないことばかり書いている気もする。
■展示に関しては何人かの方が少しばかり期待してくれていたそうで、それを後日聞いた時には実感として「申し訳ないな」という気分になった。そういえば形態機能研究所の伊東先生にも言われた。自分なんかが作る作品を少しでも期待してくれている人がいるのは幸せなことなのかもしれない。普段そういうことは全然考えていない。どちらかというと、世捨て人感覚だ。怒られて育ってきたせいか、期待されることは昔から苦手で、そういうことからは逃走してきた。いつも逃走は楽。でも何も得ることもない。自己完結型だ。もう少し僕はそういうことも認識しながら作らなくてはならないんだろうな。いまは完全に、自分の為という観点でしか作っていない。衣裳の件もあり、よけいにしょうもないものを出しても意味がないという気概が強まっているし、そういうふうに物ごとを捉えてしまっている。全てがすべて。しかし、友人と話していて、いや、これでは如何と思う節を思い出した。
■大学生の頃、セブンイレブンでバイトしていたときのことだ。バイト先に群馬からやってきた青年がいた。青年はミュージシャンになるべく上京してきた筈なのだがバンドを組まない。日夜練習はしている。バイトの休憩中も廃棄(廃棄の食べもの)をほお張りながら楽譜を熱心に眺めていた。バイトと練習に明け暮れる毎日だった。僕は不思議に思い、なぜバンドを組まないかとその旨を訊ねると「もっと上手くならないとバンドは組めない」と、彼の口から返ってきた。うーん、なんか違くないか。(しかも、バンドってスキルより周りとのグルーヴなんじゃないのか。)と、頭の中で思うのだったが、そのときは「そうなんだ」と返しただけだった。それから2年位の月日が経ち僕はバイトを辞めたのだったが、その頃も彼はまだバンドを組んでいなかった。青年は2年余り、バンドを組む代わりに夜勤で僕とバイトを組んでいた。
■先日に転載した「よき鈍感さ」とはこのような隘路を打開するために必要な要素なんだろうと気付かされる内容のものであった。まず作れと。悶々と考え迷走することも肝要ではあるけれども、の前に作らなければ何も始まらないと。そして、少なくとも人の期待に添えるようなことを出来る自信がなければ作品作りなんてやっていても意味がないのかもな。その部分に於いて「よき鈍感さ」は求められる。甚だしさ、とか若気の至りがモノ作りには珠に必要だ。
■しかし、である。(つづく)
(01:01 02/22 2007)

Feb. 21 wed. 『よき鈍感さ』
■スポーツナビに載っていたコラム。全然サッカーの話とは別にして、読んで朝っぱらからグサと来る内容だったのでまた読めるように転載した。あくまでも自分のためにね。(あれ、転載って禁止か。)それにしても、最近ぜんぜんサッカーやってないな。やりたいな。

■蔓延する“想像力を欠いた人々”

 村上春樹の『海辺のカフカ』に登場する人物の会話に、次のような一節がある。
「……うんざりさせられるのは、想像力を欠いた人々だ。T・S・エリオットの言う〈うつろな人間たち〉だ。その想像力の欠如した部分を、うつろな部分を、無感覚な藁くずで埋めて塞いでいるくせに、自分ではそのことに気づかないで表を歩きまわっている人間だ。そして、その無感覚さを、空疎な言葉を並べて、他人に押しつけようとする人間だ」

 ふと、近ごろ世間を騒がせている後味の悪い事象、事件のほとんどは、想像力を欠いたぞっとするような無感覚さが、かつてなく野放しにされているからなのかもしれないと思うことがある。身勝手で空虚な上昇志向、セックスをもてあそんだ末に、子を産み育てる喜びどころか覚悟のかけらも感じられない“親”たち、即物的で移り気な享楽エンターテインメント、乱れるに任せてそのまま強引に正当化されていく言葉……。
 ネット掲示板などに溢れかえる無粋で無責任な暴言、悪意の数々などはもちろんだが、情報番組の捏造(ねつぞう)騒動も、政府要人の不用意な発言も、まさに「想像力を欠いた狭量さ、非寛容さ。ひとり歩きするテーゼ、空虚な用語、簒奪(さんだつ)された理想、硬直したシステム」(引用、前出)そのものではないか。

 デイヴィッド・ベッカムのMLS(メイジャーリーグ・サッカー)参入決断に関する報道の大半も、およそ想像力を欠いた“芸のない”意見、こじつけ、憶測に終始しているようだ。多分に予想されたこととはいえ、フットボールジャーナリズムとは、その大半がしょせんこの程度のレベルでしかないのかとあきれてしまう。
 例えば、「ベッカムがアメリカに行く? 引退したも同然だな」というギャリー・リネカーのコメントを、さもイングランドのその筋の総意であるかのように引き合いに出す。

■ベッカムをめぐる短絡的な報道
 ここで、われわれは疑ってみる必要がある。なぜ「リネカーの言葉」なのか?
 90年代初頭、リネカーはJリーグ立ち上げの“超目玉商品”の一人として日本にやって来た。ところが哀しいかな、故障もあったとはいえ“スーパースターの残り火”すらほとんど披露できずに去っていった。ただ、わずかながらも“人寄せパンダ”の役割は果たしたかもしれない。ちなみに、後年、リネカーと親しいイングランドのジャーナリストから聞いたことだが、彼は「日本には悪い思い出しか残っていない」と語っていたという。
 言わんとするところはもうお分かりだろう。ここには「リネカー:ベッカム=Jリーグ:MLS」という、短絡的で「硬直した」数式が存在している。

 しかしよく考えてみると、この“数式”は多分に成り立たないことが分かるはずだ。まず第一に、MLSは創設早10年を経てそれなりに地歩を固めていて、当時生まれたばかりだったJリーグとは格段の差があるということ。そして、明らかに一線を退いていた当時のリネカーと、昨年のワールドカップで、依然としてイングランドの中心プレーヤーたる存在感と実力の片りんを証明したベッカム。
(~中略~)
 常々感じることだが、2002年のワールドカップ以来からか、ベッカムのイメージについては、妙に尾ひればかりが増幅された“余計な想像力”が、一般的なファンの感性にはびこり、取りついてしまってはいないだろうか。ベッカム・イコール「車、衣服、アクセサリーに関する高級ブランドマニアで、盛んに髪形を変える趣味を持ち、浮気話や家族の誘拐未遂事件が絶えない、アスリートらしからぬセレブ気取り」とか何とか……。
 そう、想像力も“偏ったり、度が過ぎる”と、かえって判断を誤ることになる。実際、人は平然とありとあらゆる毒を受け入れつつ、他方でそれを自らまき散らしておいて、そしてまもなく“気にも止めなく”なってしまうようだ。あるいは、もっとたちが悪い場合には、およそ思慮に欠ける行為に走ってしまうことも。つまり、「鈍感さ」もときには良識に等しいと思える場合もある。例えば……。
■イングランド代表監督マクラーレンの“軟化”
 ある新聞報道によると、日本国政府のその筋の大臣は「外国で本来のカタチからかけ離れた日本料理を出す飲食店が多いことを憂いて、正しい和食を広めるために海外の店に政府が“お墨付き”を与える制度作り」を思い立ち、何とすでにそのために2億7000万円もの予算を取り付けた揚げ句、今年中にも実施されるように運ぶ見通しだという。
 仮にも国家の意志を代表する立場にある人々の、思慮の浅い言動や独り善がりな“マニフェストらしきもの”の発動(未遂ばかり?)は今に始まったことではないが、どうにも間が抜けた話ではないか。記事は訴えている。そこまで力んでわざわざ国費を使うまでもなく、「よき鈍感さ」で世界各地に芽吹いた和食文化を見守ってはどうか、と。

 そんなことを考えるにつけ、イングランド代表監督スティーヴ・マクラーレンの姿に、就任直後から見え隠れしていた「力み過ぎによる“氷の鎧”」が今、溶け始めていることを見て素直に喜ばしく、今後のスリー・ライオンズ(イングランド代表)の行く末に大いに期待を抱かせるものだと思う。
(~中略~)
  いずれにせよ、先のスペインとのフレンドリーマッチ敗戦後から、マクラーレンはいくつかの現実の“壁”を危機感を持って実感したのか、明らかにそれとなく態度を軟化させ始めている。ミドゥルズブラ監督時代の配下にいたマッシモ・マッカローネらに「二枚舌の嘘つき」呼ばわりされ、「戦術家としてはともかく、プレーヤー心理掌握の点で失格」となじられたのも、少しはこたえたのかもしれない。
 マクラーレンがのっけに掲げたのは、「もっと(代表の)メンバーと一緒にいる時間が欲しい」との理由で、実際は協会の資金稼ぎの意味合いが濃いフレンドリーマッチを削減すること。これには、ひょっとしたらいまだ残るFAへの“遺恨”が働いている節もなくはなさそうだが、包括的にはもっと重大な意図が隠されていると思われる。
■ベッカムらの代表復帰はあるか
 スペイン戦後、同試合でマッチキャプテンを務めたスティーヴン・ジェラードは、「チームに意志の疎通がない」ことをやや言い訳めかして指摘した。だが、これは具体的には「ここで来るだろう決定的なラストパスやクロスがほとんどなかった事実」を指しており、暗にその点をチーム全体で話し合い、確認し合う必要性を呼び掛けたのである。
 どうやら、マクラーレンはこれに動かされたようだ。
(~中略~)
 筆者は以上の一連の“事実”を、今のところ、マクラーレンがあえて「よき鈍感さ」を持とうと腹を据えた、くくったのだと解釈している。例えばそう、自分が「“彼ら”の心理を、現状をすべて把握していると思い込んではいけないのだ」とか。下手で独り善がりな想像力(=先入観)は、かえって自らを過つ落とし穴にもなり得る。むしろ、肩の力を抜いて気楽にやるべし。
 反骨の名文記者として知られた朝日新聞の門田勲氏は、あるかば焼きの老舗でさんざん薀蓄(うんちく)や能書きを聞かされ、うんざりして思わずこうつぶやいたという。
「いい加減なやつを気楽に食べさせてほしい」
 もし、マクラーレンがこのエピソードを聞いたら、彼は何をどう思うだろうか。



『ベッカムの移籍と代表監督の「よき鈍感さ」』(2/2)
東本貢司の「プレミアム・コラム」より 

(07:20 02/21 2007)

Feb. 17 sat. 『青年団をみる』
ソウル市民/昭和望郷編
■埼玉県富士見市「キラリ☆ふじみ」へ。平田オリザの青年団「ソウル市民/昭和望郷編」を観た。青年団は、いずれ観てみたいなとは思いつつ、なんとなく「しずかな演劇」というものに対する勝手なイメージが先行していて、まあ今度でいいか、また今度でいいか、とおざなりになっていてこれまで観たことがなかった。正直、鶴瀬駅からのバスに揺られながら「何でこんな遠くまで芝居観にきてるんだろうか」という確信の無さと侘しさはあった。この気持ちの昂まりの無さはいま思えば、観に行く代わりに風呂に入る時間と飯の時間を抜きにする、という選択に間違いがあったこともたしかだろう。
■舞台は1929年、ソウルに暮らす日本人の一族を背景に植民地時代の人間模様を描いた作品。植民地時代という複雑な歴史的背景を舞台にしながらも、少し歪んだそこに関わる人々の関係性は時に哀しく、時に可笑しく、ユーモアも織り交ぜた緻密な構成は本当に素晴らしくて恐れ入った。僕は青年団以前の演劇をあまりよくは知らないし、もちろん青年団も初見なので「この作品」だけを観た判断になってしまうが、最近のリアル(?)な演劇に馴れてきてしまっている目で見ると、青年団もかなり演劇的な舞台に感じてしまった。それでも、それを力の抜けた自然体というのならば、例えるなら風光明媚といえばいいのか、わざとらしさのない慎ましやかな耽美的な空気が漂っていた。その匙加減がとても心地良いものだった。去年ちらちらと観てきた劇団とは明らかに違う、そこには流れる風情があった。もちろん僕の知らない劇団も山ほどある。知っている限りで物事を語るのは愚かだ。それでも現時点で知っている限りでいわせてもらえば、このような趣を漂わしている劇団はないなと、その点に関してはつよく印象に残った。それにしても本当におもしろかった。これぞ演劇なのではないかと思いさえする。これはテレビで見ても何も伝わらないだろうな。舞台上で行えばなんでも演劇になってしまいかねないが、2時間という枠の中に短縮させてつぶさに描き出すこのような構成力は芸術の域としての「演劇」だと思う。日韓の関係や歴史的な事件ということを改めて考えさせることはいうまでもないが、ここ(舞台)で話している内容は過去のことであって、それを観ている私たちはその先の時代を知っていて。時代が近いだけにその思いも切と絡み合う。人物描写はリアルでかつ、それを「演劇」という地点までの消化のさせ方が本当に凄い。あくまでも「演劇」を観ている観があるのだ。内容も然り。そしておおいに笑えて同時に途方に暮れる。淡々と流れていく光景が心に沁みる。
■タイミングというものはあって。その一瞬が過ぎてしまえばそんなものは始めからなかったかのように平静が戻る。大概は知らぬまにに過ぎていくのだが、ふいにやって来るその瞬間に気付くときが稀にある。でも、“今なんだ”と分かっていても、けれど、その一瞬はなかなか掴めなくて取り逃がしてしまう。そういうとき、自分の中の負のエネルギーが途方もない壁となって口を塞ぐ。行動を留める。自分を押し出す勇気と自信というものは劣等感に呑み込まれて、無力になる。劣等感で固まって動けなくなる。

朝鮮人である斎源は篠崎家の書生であったが、京城帝国大学を優秀な成績で卒業し総督府に務める彼は、いまや篠崎家の期待の存在になりつつあった。そんな彼は次女・清子にほのかな恋心を寄せるのだが、ある時ふいに、居間でその瞬間はやってきた。時間をなぞるようにオルガンの鍵盤を紡ぐ清子。ぽつりぽつりと奏でられる「あかとんぼ」。二人きりで話すなか、打ち明けられない恋心。斎源の前に立ちはだかる大きな壁。打ち明けられぬままいたずらに時は過ぎ、叔母が部屋に入ってくる。何も知らない叔母は、関東大震災で「ざじずぜぞ」「ぱぴぷぺぽ」「十円五十銭」を言えない人は朝鮮人だとみなされて撲殺されたという話をする。あまりにも無頓着に、斎源に言ってみなさいと促す。そこに他意はない。皆が出て行ったあと、部屋に残った斎源はひとり「十円五十銭」と繰り返しつぶやく・・・

どうにも打破出来にないその状況のそのシーンと後につづくシーンには立場こそ違え、胸を打たれるものがあった。
■終演後にアフタートークがありここでは「市民」という考え方や、「植民地支配」のこと、フランスでの公演の様子、作品に対する質疑応答、富士見市と「ふじみ演劇祭」の今後の在り方などの話を聞けた。その内容はとてもわかり易く、同時に非常に興味深い内容の主旨であった。とくに、「市民」という認識からアメリカ人に聞いた「町」に対する考え方、集団としての形成の在り方などは少し勉強してみる必要がある個所だなと思った。もちろん「服」を作るうえで。
■「ソウル市民」は篠崎家を追った3部作「ソウル市民」(1909年。植民地として併合する1年前のお話。) 「ソウル市民1919」(1919年。3・11独立運動が起こる時期の話) 「ソウル市民/昭和望郷編」とあり、本作は3作目。会場からもぜひとも4作目を観たいという声もあがっていたが、平田さんは「正直、30年、40年代は一つの思想に傾いていった国民の思考が狂っていった時代なので、そこを演劇に落とし込むのは容易ではない」ということを仰っていた。しかし、是非とも観てみたいと思わせる内容であったし、1作、2作目も本当に観てみたい。そして、平田さんの代表作「東京ノート」が4月にこまばアゴラ劇場であるので必ず観ようと思う。もっと、いろいろな演劇を観てみたい。ますます演劇への興味は増すばかりだ。
■「キラリ☆ふじみ」は遠かったがとても素敵な劇場で、このような施設がある富士見市は羨ましい。川崎市にもこのようなプロジェクトがあるのか後で調べてみたが、なかった。残念。









read more...
(15:26 02/18 2007)

Feb. 16 fri. 『バスハウスなど』
■「ナンデスカ、コレハ?」イェッペ・ハイン[inbetween]


■昨年末に製作した「座位の人体の石膏」を形態機能研究所に届けるために学校へ持っていった。来週早々に京都から造形屋さんがいらっしゃるので、そこで打合せをしたのち問題がなければ、4月ごろにはFRP樹脂の模型が出来上がる予定になっている。問題なく進行してくれればいいと思う。で、運送するのに学校まで車で運んだのだが、学校の前の広場に車を停めたら「駄目です。」と怒られた。なんでもあそこは“特別な方々”が停める場所なんだそうだ。特別ってなんだ。理事長とか理事長の身内とか理事長の友だちとかか。「特別」という響きと警備員の口から発せられたそのクラス階級の分け方がちょっとおもしろかった。せっかく朝から天気も良いしここまで車で出てきたのだから、きょうは見学したい場所を廻ってしまえと思い、そうすることにした。
■まずは、六本木へ。大学来の友人の谷くんと、石井さんがやっているレディースブランド「オンキャドラー」(ENCADREURS)が出展している合同展示を見に行く。オンキャドラーは毎回アーティストとコラボレーションする形で発表する形態をとっている。新シーズンの商品は、セントマーチンを卒業したシャンテル・マーティンというアーティストのイラストと、20年代をモチーフにした装いで構成された展開になっていた。いつもここを見ると、彼らは本当に「服」が好きなんだなと思う。その気持ちが伝わるということは大切なことで。学ぶことは多い。僕は僕で「服」は好きなのだが、ここでいう「服」という領域からは大分離れているなと思いもしてしまう。自分の領域をきちんと見つけなくては。そのためにも作らなくてはな。そして考えなくては。ストライプのシルク地のパジャマみたいのがロメオ・ジリのような雰囲気でとても気に入った。全体的には今回は季節がら前回よりもぐっと落ち着いた装いになっていた。もう秋冬なのか。なんだかファッションの季節感に全然ついていけない自分である。今回はプレ的な要素が強いらしく、また3月になればきちんと展示会をやるそうなのでその時はぜひ足を運んでみてください。彼とはいつだって積もる話がたくさんあるが、時間もないので会場を後にした。
過去の作品
■清澄白河へ。 「シュウゴアーツ」で開催中のヤン・ファーブル展「体の中で最高にセクシーな部分(脳ドローイングと模型)」を見る。ヤン・ファーブルといえば、コンテポラリーダンスの方は僕はどこかイマイチ嗜好が合わないのだが、昆虫や骨髄の衣服などのシリーズは随分と印象に強く残っているので期待があったのだが。ファーブルは脳が最もセクシーな部分だという。脳か。うーん。ユーモラス加減としては嫌いではないがイマイチな印象だった。脳は人間のひとつの機関で器官として部分でありながら、全体を司るもの・・・。ダメだ。あんまり頭が働いてないので書くことがない。僕の脳は全然セクシーじゃないな。展示はドローイングと模型と新作の彫刻で構成されていた。どうだろうか。彼のお爺さんは「ファーブル昆虫記」のアンリ・ファーブルです。高橋は清澄白河までは来たのだが「シュウゴアーツ」へ向かうために目標とするはずの橋を見定められず、途中「なんでこんなに橋があるんだ!」とちょうど憤慨したときの橋の名前が「高橋」だったそうで、よけい憤慨したという。結局ギャラリーへは辿り着けず。途中で拾う。

バスハウス
■谷中へ。「SCAI THE BATHHOUSE」 でイェッペ・ハイン展を見る。バスハウスは200年の歴史を持つ由緒ある銭湯「柏湯」を改装したギャラリースペースだそうで、小規模ながらもとても居心地の良い空間だった。冒頭の写真でもあるように「なんだこれは」ということで見に行ってみたのだが、なかなかバカっぽくておもしろかった。失礼な言い方かもしれないけれど。やはり、これはインタラクティブアートなんだろうとは思うけれども、本当は水をブシャーッとやってみたかったが怒られそうなので止めておいた。ほんの少し手で、水に触れただけでもけっこう場外へ飛び散った。ポートフォリオを見る。過去の作品を見てもふざけた要素がちゃん(?)と入っていてなかなか良いと思った。ちゃんとふざけているという表現もどうかと思うが。なかなか。なかなかどまりではあるが。でもおもしろかった。ああ駄目だ。ぜんぜん頭が死んでる。これ以上の感想が出てきません。それにしてもロケーションの雰囲気が良い。時間がなさ過ぎて谷中をそぞろ歩くことは叶わなかったが駐車場までの道すがらにあった「レンタルスペースショップ」の陳列商品のユルさ加減は素晴らしく、そのテンションにつられて思わずスカーフを買いそうになってしまった。が、散財はいかんと思い踏みとどまった。あと、ひとつやたらに興味を刺激してくるブースがあって、なんの意味もなくてまったく以って無駄なのだが、弁当箱を買おうか買わまいか検討してしまった。また時間があるときにゆっくりと来たい。時間がある人はぜひ行ってみてください。
■徹夜明けだったので帰りの運転は猛烈に眠たくて結構死ぬかと思った。最後は調布のブックオフで池澤夏樹の「スティルライフ」を買って家に帰った。作らなくてはな。





(03:09 02/17 2007)

Feb. 15 thu. 『ひたすら作業』
松林図屏風
■昨日はバレンタインだったんだ。といって何もないが。ひたすら作業をする。展示にも間に合っていないし、出していないが。明日には石膏を形態機能研究所に引き渡さないといけないから型を確認できるのはきょうが最後だ。今回、作り方が分からないという由々しき事態に陥って八方塞りであったんだけれど、なんとか先が見えてきた。難しすぎるだけあって久々に、面白いものが出来そうな気がする。とか言っている場合じゃないが、ふざけた面白いものが出来そうだ。
■松林図屏風全景を見てしばし休憩、している場合ではない。作業を。
(21:33 02/15 2007)

Feb. 14 wed. 『岩渕くんを観に行く』
吾妻橋ダンスクロッシング
■両国のシアターXへ。第1回国際ダンスラウンドテーブルに行ってきた。日本の若手振付家代表として出演する岩渕貞太くんに連絡を頂いたので観に行ったのだが、この催し物自体、アジア・環太平洋圏から若手振付家が参加しそのソロ作品も交え、合同作品も発表するという興味深い内容のものでもあった。岩淵くんは昨年10月の吾妻橋ダンスクロッシングで初めて観てそれが本当に良くて、ちょうど縁あって紹介してもらい、少しメールをやりとりしていた。「吾妻橋」で観た『mint+』(※貼付画像)というデュオ作品は男女のあいだにおける「内包するエネルギーの力強さの果敢なさ」という印象が“切なさ”を感じさせる作品であったが、今回は『double』というソロ作品で「野性的というか太古的」というか韓国の南先生は「日本の祭りや鬼のような強い印象を受けた」と感想で仰っていたが、前回とはうって変わってだいぶ毛色の違う作品に見えた。しかし、その力強さや限界点に向かうような姿勢、表現の本質は同じものであり、それを違うアプローチで見せる懐の広さに驚いた。そして今回も良かった。ものすごい可能性を秘めた表現者なのではないかと思った。さらにまた観てみたいと思う。隣りに鎮座していた外人も頷いていた。
■彼は、ダンスを通してコミュニケーションを計りたい、また、よろこぶ身体などそのような状態を表現したいというような旨のことを言っていた。(違っていたらすみません。)たしかに、どんなに肉体的に差異が見受けられようが同じ人間である以上その同じ身体を用いた表現というものはけして他人事にはなりえなくて、自分の身体も意識してしまうシンパシーのようなものを引き起こすなということは衣裳を作りながら近くで見ていて感じたことだ。それが身体表現のおもしろさなのだろうか。
■若手振付家では他にメラニィ(カナダ)とナタリィ(オーストラリア)の作品がそれぞれ上演されたのだが、メラニィは紙袋を被り(その一連の動作と音効からアブグレイブ刑務所での事件との関係性を聞かれていたがそういうことではなく、周りでは色々なことが起っているが「私」という主体はそれをあまり見えてない(もしくは見ていない、知らない)というような目を塞ぐという主旨であったと言っていた。)、ナタリィは耳のついたような布を被り(個人のパーソナリティを消したかったと言っていた気がする。)、岩淵くんは朱色の顔料で顔中を塗りたくる(最初は手のひらだけが赤くて、それを顔に塗ると鬼神のような顔になる。特に意味などは言っていなかった。)で、意図は違えども「顔に何かを施す」という点において3者とも共通していて、全然関係ないのかもしれなけれどそれはそれとして引っ掛かり、少し興味深かった。この日のメイン演目であった『at this point』という作品は、身体を12箇所のポイントに分けて組み立てていくという作品で、方法論としてはおもしろかったのだが、観ていて少し退屈だった。異常に眠かったせいもあったが途中寝てしまった。なぜ退屈だったんだろうか終わった後も作業をしながらしばらく考えている。
■公演後に行われたシンポジウムでは作品の側面や作者の意図などを聞けておもしろかった。ただやはり、ああいう場では際どい質問は出来ないものでそこは終始歯がゆく感じてしまった。
僕はあまり詳しくはないのでかなりの素人意見ではあるが。海外の若手も観て思ったことは、もちろん環境や地域性の影響はあるに決まっているだろうが、それよりも多分民族性としての性格よりも感性としての個人のパーソナリティの方が色濃く作品に反映されて出ているんだろうなと思った。それが“現在”なのかなと。もっとも肉体的な身体能力の差異はやはり歴然としているが。公演後に岩淵くんに挨拶をし、今度お茶でも飲みながらお話しましょうと言って会場を出た。
■そして僕は作品は終わっていない。だから展示には出していないし、今も作っている最中だ。


(23:55 02/14 2007)

Feb. 12 mon. 『ダンス公演終了しました』


舞台風景
表現とは人間の病のようなものだ。世界は総てあるままでしかないが、人はその背後に何らかの意図を見出そうとする。人間が表情を獲得した時、世界も表情を帯びたのだ。こうして、表情のすべて、人生のすべてを表現と見なす流儀も誕生するが、しかし舞踊は一回限りの生身の身体を人前にさらすことによってこの流儀の構造を一目瞭然のもにしようと試みる。そして、ときには見事な演技によって、その構造を一挙に解体してしまいさえする。だがすべてが総て、むしろ大概においてはそこまで行き着くというわけではない。しかし、その燃え上がる一瞬の生を目指して渇望をし、試行錯誤する姿勢とその探求心は私たちを魅了して止まないし、最後の回の公演はそんな片鱗を少しだけ垣間見れたような気がした。


■公演が総て終了した。12日の最後の回が1番良かったと思う。みんな気持ちが入っていたというのか、動きも吹っ切れていたし声もよく出ていた、なにより間や、動作の余韻が1番感じられた回であった。こんかい、何回も見てみて感じたのだが、多分すみれさんの耽美的な作品は、感情をうまく注入した方が生きる作品なんだろうな。学生時代から続けてきた「落ちる」というテーマは今回を以って終了されるそうで次回からの彼女の新しい挑戦は僕にとっても楽しみな限りである。そして他のダンサー15名の今後の個人活動にも期待したい。スタッフの方々も本当にご苦労さまでした。こんかい様々な人と知り合えたことで新しい大きな刺激をもらえた。僕も表現をしなければならない。衣裳に関してはまた後日書こうと思う。
■お忙しい中公演を観にきてくれた皆様、本当にありがとうございました。
(00:32 02/13 2007)

Feb. 11 sun. 『地獄でございます』
型取り
■土曜日。衣裳の直しの合間に人体の腕の型取りをした。石膏ではなくサージカルテープによる型取りだったのでかなり簡単だった。ベビーパウダーをポンポンポンポンと付けて、っておい!ジョンソン・エンド・ジョンソン!なんでポンポン(ふさふさのアレ)が付いてないんだ。大体あれだろ。最初は君ら、3兄弟で創めたんだから「ジョンソン・エンド・ジョンソン・エンド・ジョンソン」だろ!で、途中で2人抜けたんだから、そうなると「ジョンソン」だろ!それで結局最後の1人も抜けたんだからそれはもう「ジョンソン」ですらないだろ!という憤慨もあるが、もうすぐ展示なのにいま型取りしている自分がとても恐ろしい。
■そして立て続けに恐ろしいことはあるもので。MONOの「地獄でございます」という芝居が来週かと思っていたら今週だった。やってしまった。土曜のチケットを取っていたのにすっかり忘れていた。勿体無い。お化けが出るよ。凄いバカでございます。もう忘れるしかない。が、しかし。思い出した途端にそれは忘れられなくなった。
■最近目が小刻みに痙攣する。結構差し支えがあり困っているのだが、その旨をきょうの衣裳当番だった文化の子にかるい感じで話してみると「ストレスとかでそうなるみたいですけど、うちの母はそういうのが原因で脳の手術をしましたよ」とずいぶんと緊張感あふれる内容の返答が返ってきた。かるくひるんで「お母さんにその症状を詳しく訊いてみて」とお願いしてしまった。そして最近もうひとつ困ったことがあって、左の腿の付け根、ちょうどポケットのあたりがよくブーンブーンと振動するのだ。僕はそのたびに携帯だと思うのだが違うのである。ポケットには何も入っていない。なんだか痙攣系はいやなものがある。
■公演が終わり、吉祥寺に寄ってユザワヤにてコンシールファスナーを20本買ったあと、本を3冊とCDを3枚買った。ストレス発散的予感満々の購入ぶりに自分の焦りを見る。古本屋で買った本の1冊「方丈記」(※鴨長明の手記「方丈記」を簗瀬一雄が訳注したもの)の中に鉛筆で物凄く書き込みがしてあって、書き込みナシもあったのだが迷わず書き込みありを買った。疑問なども含めて熱心に色々と書き込みがされている。これは読みがいがありそうだ。さらに購入後ややおいて買った本をなんとなく確認してみるとそのなかに、どうにも見覚えのないタイトルのものが紛れ込んでいた。あれ、おかしい。こんなもの買った覚えはないぞ、と思いながら著者名を見てハッとした。間違えて目的のとなりの本を取ってしまっていたのだ。その証拠に苗字がおんなじだった。あまりの迂闊さに脱力した。そして、普段は有りえないようなケアレスミスぶりをあざ笑うかのようにその本のタイトルは「日常茶飯事」と皮肉めいていた。でも、せっかくだから読んでみる。松永さんの誕生会には作業があるので出れないと申しながらも、ついつい「MISHIMA」で油を売ってしまった。それでさいご帰るまえに“無駄に”ラーメンが食べたくなり油ラーメンを食べたら案の定、気持ち悪くなった。ラーメンとダメージを“食らい”、その後の作業に“暗い”影を落とす。
■今日公演を観ていて新しい発見があった。1番後ろの左側で立って観ていると、ダンサーたちが手拍子をするなか中央で4人のダンサーが踊るシーンで僕の角度から消火栓箱(※消化道具が入れてある壁に取り付けられている赤いボックス)を見ると、ダンサーの1人が箱に反射して浮かび上がりその中に写っているのだが。それは虚ろなものであった。奥行きのあるじんわりとした赤い世界の中でくるくると廻る虚ろなダンサーはゆらめいていて、それはまるで闇と調和した蝋燭のような、なんともいえない果敢なさと深みのある淡い気持ちにさせられた。その合間、吸い寄せられそうになるくらい見とれてしまった。考えてみれば、一輪車?から出てきて踊るダンサー2人の影が、薄っすらと緑のような光が漏れて舞台の壁に僅かにぼんやりと映し出されている影の色合いもすごく好きで(※それはまるで草原の中で佇む少女の面影のようなのだ)、そのどちらにも共通していることは、虚ろでいて暖かみのあるような憂いのあるような趣なのだ。
■帰りの電車の中で谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」を読みながら、ちょうどその内容が昼間に見た趣の味わいと合奏し、重ね合わせるように反芻した。
■さあさあ。CDを聴きながら、夜通し作業の幕開けだ。明々後日から展示だ。いま、まさに心境は地獄でございます。
(01:56 02/12 2007)

Feb. 09 fri. 『身体の地点』
1日1食生活についてお叱りのメールを頂いた。だからきょうは1回に2食分を食べてみた。
舞台風景
■公演が始まった。詳しい感想は割愛するが、身体で何かを掴み取ろうとする行為はやはり興味深い。身体表現という行為は人間の根源的な欲求だ。しかし現実、身体には限界がある。いってしまえば人は“なにもの”にもなれない。表現と同時にそこには切望があってその狭間で身体はゆれる。葛藤がある。そこに刹那を感じてしまう。身体表現っておもしろいなって思う。
■公演のタイトルは「...frieg」。ドイツ語の“fliegen”からの造語だそうだ。「飛ぶように落ちる」という意味があるらしい。僕も詳しい状況説明は受けていないのであまりよくは分からないのだが、宇宙から海の底まで落ちていくいくような感じなのだろうか。途中から吸い寄せられているような感じにもなっているからマグマまで行ってるのだろうか。どうやら四季もあるのだろうか。ビル・ヴィオラのようなイメージがあるのだろうか。身体が落下していく地点は何処であろうか。などと考えてみている。・・・何かを感じて頂ければ幸いです。
■あとは衣裳の見解に関して興味深いことがあった。僕は衣裳のチェックも含めて観たのだが、公演を観ていて終始気になったのが僕が完全に担当したうちの1着が本当に駄目な感じでそれは通しやゲネの時からうすうす感じていて、本番1回目にして疑惑は確信に変わった。もちろんどの箇所がいけないのかも具体的に判断したうえでだ。それで、やはりできるだけ直した方がよいかと思いきょうの当番だった文化の男の子二人に「あの服がとてもまずいと思う」とその旨を告げた。しかし二人は揃って「いや、あれが1番良いと思いますけど」と言うのだ。しかも二人とも。もちろんこれは僕が作ったのが1番良いんだとかそういう類の話しをしたいわけではない。価値観の相違というか。僕が1番ダメだと思っていたものが二人は1番良いというのだ。もちろん相違というのはあるにきまっているが、こうまで真逆というのもな。見解の違いが興味深かったので理由も聞いてみた。2対1と僕の方が分が悪い。とりあえず弄れなくなってしまい変更は保留することにした。
■衣裳というやつはやはり終わるまでは全然終わりではなかった。初日だというのに直前まで「直し、直し」である。解れの修正。よくもまあ、というくらい動き回る。自分が作った服をあんなに動き回られる体験はもちろん初めてなので、なんだか変な気分でもある。文化の子たちは合間に課題をやったりしながら本当によくこなしてくれていて頭がさがるばかりだ。
■さきほどまで僕は夜回り先生だった。ついでに、公演にきてくれる人の家のポストにチケットを投函してきた。よろしくお願いします。世田谷中野杉並を警らしたが、とくに不審な点は見当たらなかった。あえて挙げるとするならば、夜明けにウロウロとポストを吟味する不審な輩が1名いたくらいだろうか。
(06:27 02/10 2007)

Feb. 08 thu. 『風前の灯』
■気になる本はそのときになるべく買っておくべきだ。人間は本当に、忘れることが務めかのようにどんどんどんどん忘れてしまう。今読めなくてもそれを延ばしてしまうとそれは忘れてしまう。「陰翳礼讃」と「ロウソクの科学」をさきほど注文した。しかし注文後に発見したのだけれど「ロウソクの科学」はここでも読めそうだ。はやまったか。
■夜。通しリハをチェックして、直し、その後レストランで打ち合わせをしていたとき、携帯電話にこんなメールが入る。

「 私はどうでもいいのだけど、その後どうなってるの? 」

何が?。いったいなんだ。「その後」ってどの後か?宛名は登録されていなく、何者だかは分からなかったが、といって年末に携帯電話が壊れて以降メール登録をしていない人も割とまだいる。誰なのかは皆目見当もつかないが、「どうなってるの?」と問われればその件に関しては「え、あのことか、いやそっちか」と思い当たる節は多々ある。またこの多々あってしまうというところにどうしようもなさが否めない。にしても「その後」が「どの後」のことであるのか。いくら想いを巡らせてみても疑惑は無数、ゆえに晴れない。この際、「どうなってるんでしょうかねえ。」とか、「まだ考えている最中なんですよ。」などと返してみようかと思いもしたものの、良い感触が全く以って掴めていない以上そんな返信をして逆に火に油を注いでしまったら事なのでここはひとまず止めておいた。というか、だいたいまず「私はどうでもいいけど」という前置きがこわい。どうでもいい人ならば絶対その「どうでもいい」件に関しては尋ねてこない。人は「どうでもよくないこと」でさえ尋ねてこない方が多いのだ。だから無関心を装ったその温度の無さというか冷たさ、みたいなものが余計にこわいのだ。「これはどうでもよくはないことだな」という雰囲気はヒシヒシと伝わってくるので躊躇してしまう。そしてなんといっても支持体を指し示す「語」の無いツーカー加減が余計恐ろしい。などと、一体全体自分は何に怯えているのであろうか。結局、ややおいてから懇切丁寧に「どなたでしょうか」という主旨の返事を返した。
■それにしてもこのメッセージでイヤな予感しかしない自分はなんと哀しくダメな生き物なんだろう、と痛切に感じずにはいられないのは、最近は忙しさがついに凌げなくなってきておりそのしわ寄せを他人に被せてしまっていて本当に周りの人に迷惑をかけている。迷惑というか、害か。そろそろ本気で首を締められる頃だろう。もはや風前の灯火だ。マルセル・デュシャンは《そして死ぬのはいつも他人》といういかにも意味ありげな墓碑銘を生前から考えておいたそうだ。僕はまだ何も考えていない。というか、まだ考えたくない。無理なことは「無理。」、出来ないことは「出来ません。」と言わなければ駄目だ。このままだと闇に葬り去られてしまうだろう。葬り去られる前に、せめて闇のことは学んでおかなければ。そんな意味でも「陰翳礼讃」は読んでおかねばならない。それは冗談だけれどこの本、どうやら「服」に対する思考をする良い手掛かりになりそうである。
■最近は、一日の終りに1食という生活である。なにも好きこのんでやっているわけではもちろん無いが、忙しいとお腹が空かなくなるという体質は、ありがたいばかりだ。
■日が変わって、先のメールの主が叔母からのものだったということが分かり、胸を撫で下ろした。
(03:21 02/09 2007)

Feb. 06 tue. 『完成とはなんだ』
■衣裳。月曜日に手元から離れていった。一応完成した、ということになるのか。いったい完成とはなんなのであろう。期日までに自分が定めた目途。自分が求める先のところ。人はモノに命が宿る瞬間を一体どれほど見たことがあるのだろうか。

finish; 〔完全なものにする〕   complete; 〔物事が終わる〕

月曜が提出期限だった。学校に行って、朝の9時から9時まで最後の直しをした。最後追い込めた箇所もあったが、やはり心残りの比にくらべればバランスは如何ほどもとれない。みんなはどういうふうに感じながらこういう機会を迎えているのだろうか、と出し終えた時ふいに疑問に思う。僕が完成という言葉の意味を穿き違えているのかもしれない。かの文豪ゲーテ曰く、

「汝が終わりえないことが、汝を偉大にする」

「終わりえない」という、ここにすらまだ到着していないような気がする。
■先生にとちゅうで衣裳を見られたとき、悪い点を羅列してとっさに言い訳をしてしまった。それは最低だと思う。いま生み出しているものでさえ肯定できない不甲斐無さに暮れつつ、それでも先生は「でも、止まったときと動いたときでちがう表情になるからこっちの方が良かったんじゃない。」と、僕の失敗(途中でやわらかい生地にしてしまった事について)した点についてちがう見解を示してくれる。その時はなぐさめてくれているんだとしか思わなかったけれど、今になって思えば、たしかにそれは一つの見解でそのような視点で考えれば、最善ではなかったにせよ、前には進んでいたのかなもしれないと受け止められることもできよう。「考え方」としては、いつも自由でいよう自由でいようと思いつつ、僕はいちど思い込むとなかなか抜けきれない性質なので、それは結局不自由なことなんだなという実感もえた。最後に先生は「やってみて、いっぱい学ぶことがあるね。」と仰った。
■先ほど電話で幾つかの問題点が挙げられてきた。明日確認しにいかなければならない。

「家に帰るまでが遠足ですよ。」

ふとこんな言葉を思い出した。「物事の終り」もまだ来ていない。
(01:22 02/07 2007)

Feb. 05 mon. 『たとえば狩りとしての文学』
■ニヤケてますか?そんなあなたは、(株)漆原研究所の「ニヤケ止め」を買ってください。僕は今日一日頭がかゆくて、それは洗っていないからで先ほどついに頭を洗い、すっきりとしすぎてぼんやりとしている。おかしな話しだ。少し前にはニヤケたが、今はニヤケる代わりにぼんやりとしている。
最近はもう服のことを書こう書こうと思っているのに関係ないことばかり書いている毎日だから、今日は服のことを書こうと思う心意気で望んでみる。着る側としての自分の服のことは全然書いたことがないので試しに書いてみる。
■最近はあまり欲しい服というのはない。嫌いな服は沢山あるけれど、今現在あんまり興味がないというのも事実である。いま持っているもので満足しているのかな。うーん、よく分からん。のっけから歯切れが悪い。不調である。それでもあえて、言うならば、ぼんやりとカーディガンとジャケットか。ジャケットは、いわゆるカチッとした物ではなくて、なんかこう空気のいい感じに抜けたような程よく暖か味のあるのような「おじさん」ぽい感じの物が欲しい。まあこんな話しはどうでもいいが、けれど強引にもう少し進めてみる。自分の持っている中で一番好きなものはスカーフだ。ベージュに緑の葉っぱが描いてある。生地の風合いも好きだ。服ではないが。でも一番好きだ。あと、困っていることとしては、磨り減って穴が開いてしまうことが問題に挙げられる。僕は同じ物ばかり着てしまうし、履いてしまう。だからどっちかと言えば同じものが幾つか欲しいかもしれない。
そういえば新しいできごとがあった。カチッとし過ぎていなくて、生地が柔らかい感じが生きていてとてもいい風合いだった。それはジャケットだ。クラスメイトの子が作っているテイラード仕立てのジャケットがとても良くて、ちょうどタイミングも良くて正直、欲しいと思った。そして僕は気付いたのだけど多分、まわりの人が作っていた服で初めて「欲しい(着たい)」と思うものに出会った。何といえばいいのかはよく分からないが、こういう感覚は初めてで新鮮だった。
■夜、少し電話でヨシダと話しをしたとき、最近気になる小説家を彼に尋ねた。彼は、現在追ってみている最中の作家、と前置きして名を挙げた。「追ってみている最中としての作家」ってなんか良い。どきどきする響きだ。僕はそれを聞いてその響きにニヤケた。そのあと、そういえば自分は最近誰が一推しかなと風呂場で考えてみたが、考えた結果「杉本博司」になった。小説家ではぜんぜんないがなんというか文体がとても好きなのだ。文体に憂いがある。ちなみに著書「苔のむすまで」これはこれで良いのだが、本領発揮となるとやはり作品に添えられる文章だろう。
■去年は楽しんでいるだけだったので、今年はもう少し「追ってみる」(※各演劇の持つ性格性について。)という点に意識をもって演劇を観てみようと思っている。17・18日に、去年見逃して後悔していた物のひとつ、青年団の「ソウル市民/昭和望郷編」がある。ちょっと場所が遠いけど一人でも行くしかない。
■きょう朝の電車から読み始めた江戸歌舞伎ものの小説がおもしろくて、家に帰ってからも読んでいてあとちょっとで終わる。歌舞伎ものの気風が心地良い。読んでいて思い出したのだが「助六由縁江戸桜」をはやく観たい。思い出して演目予定をチェックするとやってないんだよな。いつやるんだろう。きっと忘れた頃にやってるんだろうな。ずるい。
(01:30 02/06 2007)

Feb. 03 sat. 『儒家と墨家』
メモをしておく。テレビでふらりと目に入った衣服に対する見解。あとで調べること。
孔子は「衣服とは身なりを弁えて分相応に合わせて着飾るべきだ」(※若干うろ覚え)と主張し、墨子は「衣服とは春夏秋冬の季節に合わせた機能としての役割を果たすもので、華美に着飾るものではない」と主張した。とかいっていた。

孔子の愛の思想である「仁」は、親や兄弟などの自分に近い人をより大切にし、自分にはあまり関係のない人のことは、それほど大切にしないというように、区別を持った「別愛」(partial love)であるが、そもそも、そのように自分と他人を区別する考え方こそが、あらゆる憎しみや戦争などの根源ではないか。自分も他人も、すべての人を、別け隔てなく大切にする「兼愛」(universal love)こそが、本当の愛であると墨子は考えました。


さらに、愛とは、単なる理想にすぎないものではなく、愛することによってのみ、人は現実的に(経済的にも)幸せになれるのであるという信念(兼愛交利の思想)を墨子は持っていました。なぜなら、「やさしい人は、他人を幸せにしてあげることができるし、その人自身は、他人によって、もっと幸せにされる。」と考えたからです。

この記述をそのまま信用してもいけないような気がするが。墨子は「任」を掲げたという。こんど墨子を読んでみよう。
■孔子と墨子を見ていて、いままで考えたこともんかったが「攻め」か「守り」でいえば僕の作る服は「守り」の服だと思う。かなりどうでもいいことだけど。「墨攻」映画でやるのか。すっかり忘れていたが、当時父が買ってくるビックコミックに載っていて楽しみに読んでいたな。すっかり忘れていた。
■うっかり寝てしまいながら、原田宗典を少し読んだり作業したり。「柴犬バッティングセンター」に行ってかっ飛ばしたい。原田宗典を1500円で20冊購入。
(01:58 02/04 2007)

Feb. 02 fri. 『ながれ』
この時期はみんな忙しそうだ。と呑気なことを書いている僕でさえ忙しいのだ。でもみんなに比べればしょうもないことをしているわけで。あんまり外に出ていなかったので夕方から外に出てリフレッシュをした。
■衣裳。少しづつではあるが、ひどいと思っていた位置から改善できる余地を探りつつ、昨日よりは1mmは前に進んでいるかなという気概程度ではあるけれどなんとか進めている。それでも見せる段階に於いて如何ほどの効果があるかも望めないかもしれないが、でも最後まであきらめないでしつこく考えよう。
修了展。こちらのほうが尚の事やばい。這う這うの体だ。ちがう、土壇場だ。やるしかない。というしかない。
■赤瀬川原平の「オブジェを持った無産者」がなぜか近所の古本屋にあったのだがそのときは持ち合わせが無くて、昨日買いに行ったらなくなっていた。基本をわすれていた。 

ほしい本 買えないときは 懐へ取り置きで

歯軋りする思いで店を出た。
■先日もらったプリントの中に「流行の定義」という内容のものがあって、それほどまでに関心はなかったのだが、「流行とは~」というくだりにさまざまな学者が賑々しく諸説書いていたので、そんなにいうのだったら、いったい流行とはなんだ。と思い少し見てみるとWikipediaでは流行とはこのように書いてあった。でもそういえば流行の「定義」と「概念」はまた違うんだよな、と思いだし。いやでも同じなのかとも思いだし、そうこうしているうちに、だんだんなんだかよくわからなくなって来た。あと、なんだかよくわからないこんなサイトとかもあるせいだ。さらにこんな論文の数式とか見ていたら本当にいよいよわからなくなってきた。そしてエイズの流行は恐ろしいということはわかった。エイズは着実に迫ってきている。ついでに語源由来辞典も試しに調べてみたが、おおよそ見当の付く回答であった。しかしその下の欄にはこのような記述があった。

流行の余談
流行に「萩原」が付く場合は、俳優の名前になり「ながれ」と読む。
萩原流行さんの本名は、萩原光男(はぎわらみつお)。
生年月日は1953年4月8日で、お釈迦様と同じである。

とある。本当に余談である。どうしたものか。そもそも「流行」を調べて萩原流行のことを知りたい人がはたして語源由来辞典を使うかどうかも大いに疑問だ。だいたいこの余談じたい語源の由来でもなんでもなくなってしまっている。エピソードすら載っていない。ただのデータじゃないか。まあいい。
どうでもいいと思いつつ読み進んでいくと、最後はこのような記述で纏められていた。

また、萩原流行さんの奥さんの誕生日はキリストと同じ12月25日で、神仏入り乱れた家族である

余計なお世話である。
(02:41 02/03 2007)

Feb. 01 thu. 『よろしく』
内田さん(宮沢さんの日記にあった)から勇気とパワーをもらう。舌打ち交じりのイングリッシュ。
MOKK
■というわけで、自分のミスでかなりてこずっている衣裳なんですけれど、2月の9日/10日/11日/12日に衣裳を担当した現代舞踊の公演があります。詳細はこちらです。演出の村本さんはまだ23歳(日大芸術学部洋舞卒)と若く、日芸の卒業制作作品『G』では芸術学部長賞を貰い各場所で公演を打つなど精力的に活動されている演出家です。今回の場所は「芸能花伝舎」という所で廃校になった小学校「淀橋第三小学校」の体育館という一風変わったところになります。村本さんを含め以下15名のダンサーの子たちも頑張っていますので、お忙しいとは思いますがぜひ足を運んで見に来て頂ければ幸いです。左がわの列の自己紹介文の下の方に「チケット購入入力フォーム」を作りましたのでお手数ですがそちらから入力して頂けますと幸いです。また分からないこと等がありましたら同じく左にあります「」マークのメールフォームからお送りください。是非ともよろしくお願い致します。
 
■ジョナサン・サフラン・フォアの「エブリシング・イズ・イルミネイテッド 」と、他に2冊を買った。楽しみだが、しかしいまは読む暇がない。いつ読めるのか。本は溜まっていくばかり。
エブリシング・イズ・イルミネイテッド エブリシング・イズ・イルミネイテッド
ジョナサン・サフラン フォア (2004/12)
ソニーマガジンズ

この商品の詳細を見る
(19:53 02/01 2007)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。