2010年12月

竹内宛メール

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ファッションのマルチチュード

BFBの修了Show

明星大学造形芸術学部

文化ファッション大学院大学

BFGU夏季合宿



Marlene Dumasハイレッドセンターの本The Idiots Are Winning.

身体/カラダ/空だ
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 Oct. 28 sun. 『それぞれの戦術で戦っている』
展示風景

綺麗なプリント

■木曜日は青山のTURKLE-TURTLEというところへ。ENCADREURSの展示会に行ってきた。新作はおもにコチラで見れる。ブランドコンセプトでもあるペインティングアーティストとのコラボプリントは相変わらずキレているし、ルックブックの充実でコーディネートの提案も明快だ。前にSacaiの展示会とかを見ても思ったけど、コーディネートの提案は販売していくうえでもブランドのセンスを推し量るという意味でも本当に必須だろう。毎シーズンごとにブランディングも含めてグングン良くなっているのが目で見て分かる出来栄えだった。とくに今回は、上品さ。品の良さという点でのパワーアップが強く印象に残った。それは年齢層が「上がった」というよりも「広がった」という表現が正しい。僕なりにその原因を考えてみるに、素材の選択などもあるだろうけど、それよりも各アイテムにごとにそれに合った細部の仕様や始末といった部分でとてもバランスが良くなったような感を受ける。自分たちらしさを出しながらも仕上げの部分での整合性がきちんとある。僕が言うのもどうかと思うけれど、これは物を売るということにおいてとても重要なことで、そういうところでもまた一つ商品の価値がまた決まってくるんだろう。藤森照信さんの言うところの『仕上げ』ってやつだ。他のブランドもいくつか見てみて感じたことは、総じてどこもクオリティが高いということ。それぞれがこだわっていて、趣向も凝っている。だからこそ、そこから先のこと、10年後どうなっていたいのかとか、そういったビジョンが見えるか否かということも一つの鍵を握っているのかなとも見受けられる。どうだろうか。すごくクオリティ高いんだけどもそういうのがいまいち見えてこないブランドもある。オンキャドラーも、もちろんこの先もっともっと頑張っていかなければならないと思うけれど、これからの彼らの未来には期待せずにはいられない、そんな感慨を受ける内容の展示会だった。
■しばらくブランドが休止していたAさんのアネットモネットも最近復活したようだ。よかった。喜んでいるファンの方も多くいるだろう。親会社のセーレンはアナ・スイや、以前はゴルチェ(今もなのかな?)のプリントも手懸けていた会社なだけあってプリントの乗りが本当に綺麗なんだよここは。ちなみにオンキャドラーもセーレンだからプリントが素晴らしく綺麗なのだ。それに、Jくんのいるgalaxxxyも、EGG系ブランドながらもジェレミー・スコットが気に入って買いに来たりしていて、計算なのか偶然なのか今や時代をドンズバに捉えてしまっていてとても好調のようだ。しかも「文字8フレッシュ!」ことJくんは、今をときめくM.I.Aが来日した際にどさくさに紛れて渡したDJMIXが、あろうことか気に入られてM.I.A本人から「ブログにのっけっていいか」という旨のメールが来たという。レコード屋のゴミ箱を長年漁ってきたのは伊達ではなかった。世界デビューも近いかもしれないぞ。他にもそれぞれの分野で頑張っている大学の仲間たちがいる。BFBでは一期生のGくんがコム・デ・ギャルソンから『ガンリュウ』というブランドを出すし、ヨウジの『RED』ではTさんが相当頑張っているようだ。他のブランドや企業や土地でも、各自がそれぞれの場所で戦っている。やり方というのは人それぞれあるから何が正しいということがある訳ではない。目的地だって様々だ。だからこそ、自分のやり方、戦術を、そういうみんなの姿を見ながら僕も自分なりの方法論や分野の確立をもっともっと真剣に考えていかなければならないと思えるし、そういう良い刺激をもらっている。何処にいるかではなくて、自分のいる場所がきちんと見えているか、だ。のんびりと健康診断などをしたりなどともたもたしている場合ではない。沢山やらなければならないことはある。

■全然関係ないけれど、それにしてもSPANK HAPPYの『Physical』が大変だ。口パクはともかく、菊地さんのノリ方がとんでもないことになっている。



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(21:28 10/29 2007)

 Oct. 24 wed. 『あなたはここにいる』
■僕の好きなレコードの。 9月にDJやったときにBORDER COMMUNITY関係ばっかりかけたら、お客さんがどんどんいなくなって最後の方はからっぽだった。素晴らしい音楽です。
NATHAN FAKE / You are here

(02:27 10/25 2007)

 Oct. 22 mon. 『労苦の果てに破綻したりする』
■それにしても驚いたのが昨日の日記のことだ。日曜日の夜に、眠けと猛烈に戦いながら書いたものだったから、つぎの日の朝起きてあらためて読んでみて、そのあまりにも論理的に破綻した文章に驚いた。それで、あわてて修正して書き直したんだけれど昨日の昼までに読んだ人はまったくもって意味不明だったんだろうなと思う。やっぱり寝惚けまなこで何かをするのはとても危険だとあらためて痛感した。

■きのう貼り付けた松岡正剛さんのページに載っていた『なぜベケットか』を読んでなかったので、是非とも読みたいと思い学校帰りに興奮しながら買いに行ったら紀伊国屋にもジュンク堂にも置いてなかった。最近の本屋の充実度って本当に凄いものがあるからつい何でも置いてあると勘違いしてしまう。だから置いてなかった時のずっこけ感といったら、ない。しかしこの2店舗にない場合はどうも絶版くさい気もした。それだけこの2店舗は置いてある。昨日は時間がなかったからいいようなものの、だいたい他の本をうっかり何冊か買ってしまうしな。代わりといってはなんだけど、というかぜんぜん代わりになってないけど、菊地成孔さんのSPANK HAPPY 『フロイトと夜桜』が頭からこびり付いてはなれないのでTUTAYAで『Computer House of Mode』も借りてみることにした。『南米のエリザベス・テイラー』も借りようかと思ったがこれは今度にした。家に帰ってから『なぜベケットか』を「日本の古書屋」で調べたらそんなに高くない値段であったので注文した。でも高価を付けているところもいくつかあったので、やはり絶版くさいな。

舞台『芝居』より
■それで、なぜベケットか、といえば、やっぱりベケットは凄いのです。ベケットは1969年にはノーベル文学賞をもらっている。不条理という分野の確立でさんざんもてはやされるんだけど、構造とかその試みとか社会性とかが凄い。だけども、とくにノーベル賞以後は段々と芝居が難解になりすぎてみんなが引いていってしまうという事態に陥っていた。たしかに戯曲が示唆する構造やそのドラマツルギーを読み解いていくという過程をたどると大変おもしろいことになっているんだけど、じゃあ、それを舞台で公演してみると、それがおもしろいかというと、ぜんぜんそういうものではない。はっきりいってしまえば演劇的にいったらつまらない、という事態になっている。だってこの『芝居』という演目の舞台写真を見たってこれはもう一目瞭然で、どう見てもあやしすぎるだろう。
■ここにおおいに学ぶべき点がある。そういうことで思い出されるのが装苑賞に入っている作品について津村さんに言われたことだ。対談の中で「コンセプトや考え方としてはとてもおもしろいんだけれども、それが形として表れてくるときにあまりにもそっけない形が出来上がっている」というような意味のことを言われた。コンセプトや方法論や構造などの内包しているものに対して追求しすぎると、かえって色々なものを削ぎ落としてしまい、それが結果として表層的には「つまらないもの」になってしまうという矛盾を抱えているという点だ。『THIS PLAY!』展に行ったときもあらためて津村さんと話す機会があってその時も「世の中は頭のいい人ばかりじゃないから、そこまでみんな考えて見てないよ」というようなことも言われた。このときの事については色々と考えることがあったのでまた今度書こうと思う。このときはOばたくん(a.k.a東京迷彩の人)とOぬまくん(a.k.aデニムのパッチワークの人)と三人で津村さんにお願い事をする為にはるばる行ったのだった。ちなみに『THIS PLAY!』展は、うんざりするほどつまらないものだった。もうきょうは眠いので、何もまとまってないがこの辺で寝ることにする。

(02:15 10/23 2007)

 Oct. 21 sun. 『暗闇の中でみえてくること』
■試しにきょうは、少しばかり丁寧な言葉で書いてみようと思います。
■先週の日曜日のことですが、赤坂の旧赤坂小学校というところに行ってきました。『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』を体験する為です。これは、日常生活のさまざまな環境を織り込んだまっくらな空間を、聴覚や触覚など視覚以外の感覚を使って体験するというワークショップ形式の展覧会です。その中を普段どおりに行動することは不可能です。そこで、目の不自由な方に案内してもらいます。案内の人の声に導かれながら視覚の他の感覚に集中していくという趣旨のプログラムです。
■これは、単純に非常におもしろい、とてもおもしろいものでした。そのおもしろさを上手に伝える表現がうまく見つからなかった為に、まだ殆どの人に「おもしろかったよ」という意味の報告すらしていませんでした。1週間経っても「これだ」と思う言葉はなかなか出てきませんが、はやく書かないとこのプログラム自体が終わってしまうので、手の先すらも見えないほどまっくらな中で僕が気付いたいくつかのことを書いておこうと思います。
■一番最初に感じたことは『個』という存在の認識についてです。何も見えない、何処に誰がいるかも分からない中で、日常的には気付かない自分の身体性を自覚せずにはいられない、というよりもまずそこから始めなければなりませんでした。それは存在としての、『個』としての身体のことです。これは、すこし前に読んだ別役実さんの『ベケットと「いじめ」』という本の中で扱われていた、近代と現代で決定的に異なっている『個』の在り方という状況に極めて近いといえます。この本は、中野区富士見中学校で起こった「お葬式ごっこ事件」と、サミュエル・ベケットの『行ったり来たり』と『私じゃない』という戯曲のドラマツルギーと比較しながら同時に現代の社会における人間関係の構造を読み明かしていくという主旨の内容のものです。ベケットという人についてかんたんに触れておくと、20世紀を代表する劇作家で50年代の不条理演劇を確立した人です。何も起こらない、という事態が起こっているという戯曲『ゴドーを待ちながら』という代表的な作品があります。大雑把に言ってしまえば演劇界のマルセル・デュシャンといったところでしょうか。ちなみにベケットの戯曲は一見とても難解ですが、別役さんはユング派の心理学で使われる図形を参考に用いながらでとても分かりやすく解説されたりしています。
舞台『わたしじゃない』より
■その本の中で出てくる表現でここで触れたい部分が、人間という個人の存在についてです。近代『個』であったものが現代は『孤』という存在になっている、という事に関してです。これはどういうことかといいますと、もともと人はまずひとりひとりが確立した『個』という身体性があって、それから他人との係わりを持ちながら関係性が成り立っている、というのが本来的な成立の仕方でした。しかし、現代においては他人や外部との係わりがまずあって、それらの関係を主役とする、自分自身を周囲からの問いに対する答えとしてしか自覚できなくなっていくという形態が主になってきている。マスメディアが発達した今日では、たくさんのことを知っているけれどそれらが個人の身体性を越えてしまっている為にその背景にあるもの、共有する時間を持たない、面の上だけしか知り得る事しか出来ないという状況が生まれ、それが一つの<点>である重なり合った面を持たない『孤』という存在を生み出しているいえます。『個』というものはそれ自体で成り立ちますけれど、『孤』というものはその状態では成り立ちませんから、他人との係わりの中で<点>を結んでいくことで実体化していきます。実体化することによって普段は『孤』という感覚を忘れることが出来ます。しかし、他者との関係性を結ぶ事によって認識をする、ということはその関係性のバランスが取り除かれた時にとても脆いものです。その関係性に問題が生じると、とたんに『孤』という感覚が顕わになる。そういうことで逆に有りもしない事で悩みだしたりするという事態が発生することもある。そういう現在の社会状況でなかなか体感しづらい、忘れがちな『個』という体験を、暗闇という多くの情報を(視覚だけではなく、それに伴ない言語や意識の情報も少なくなります。)失い、かといって他の人の体をむやみやたらと触るわけにもいかないそういう不安定な『孤』として切断された状況下においてはまず『個』を感じることが出来る。出来るというか、しっかりと『個』を起動させなければ始まらないという事態が起こるわけです。『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』は複数名で行われるのですが、そういう前提があってはじめて徐々に「場」のメカニズムというものが形成されていくエリアなんだと思いました。
■『孤』についてもう少し考えてみると、たとえば世界のさまざまな情報は知っているけれど、それはまさに知っているだけでしかない。その背景にあるものは全部取っ払って把握しているわけですから、結局そのものに対する感慨も己のバイアスで、知り得る限りのことでしか認知できない。そういう物の見方が大切な時もたまにはあるんですけれど、すべてがそうなってくると、それが当たり前になってしまい、そういう当たり前になってしまったこと事態がさらに忘れさられてしまうという事態が起こる。それはつまり想像力の欠如にも通じているということです。相手の立場に立って物事を考えることができないということです。実際に今はそういう世の中であると思います。分かり合えないという事を分かり合わない、そういうことを忘れてしまったままの状態で「なぜ、みんなは自分のことを分かってくれないのか」というような矛盾した思考が軽はずみに生まれてくると思うのです。それがさらに『孤』という感覚を増長させます。このパラドックス的な現象が起きる原因には、やっぱり身体性を越えてしまった<情報量の膨大化>と、表層的な事象だけが取り上げられる<情報の空洞化>が挙げられと考えられます。普段、なんでもかんでも見えることで、一体どれほど見えないものに苛まれているかということを感じる、それはつまり、普段見えていると思っているものが実はどれほど見えていないか、ということの再確認でした。

■あとは言葉について。一つは、想っていることを言葉に出すという行為の作用です。人は急に暗闇の中に入ってしまうと精神的不安に陥いったりする場合があります。そういうときに不安を取り除く一番の方法は、素直に想っている気持ちを大きな声できちんと口に出すことなんだそうです。そういうことでいくらか均衡がとれる。じっさいにそう振舞ってみて日常でだってそれはきっと同じことなんだろうという、だからかえって、言語的に決め付けてしまう傾向の隘路ということも含めて言葉のもつ、そういう側面をより明快に認識することができました。二つめのことは、メタ・コミュニケーションの存在について。言葉だけということは、逆に言ってしまえば言葉そのものしか伝わらない。言葉のフォルムとかそれがどう運動したかとか、そういうことしか見えてこなくなってしまう。ふだん如何に自分たちが言葉以外のことを利用して会話を図っているかということが、そういうことが切断された空間の中であらためて再認識されて言外で伝わるものごとの存在にも気付かされます。だからさきほど言ったこととすこし矛盾するかもしれませんがそういう意味での表層を素直になぞる事の重要性もある。
■もうひとつ。途中で椅子に座ってボーっとしていて気付いたのですが、まっくらな中で何もしないというのは「非常につまらない」という事態が起こるということでした。自発的に試みた行為なのですが、これは本当につまらなかった。ついさっきまでは、この体験が本当におもしろいので友人には是非とも伝えようと想っていたにも関わらず、とたんにつまらなくなってしまったのです。ここでなにやってんだろうか、という傍観したような、非常に冷め切った心境になりました。そしてまた立ち上がってあれこれ触りだすと、またとても興味深い世界になってくる。『個』というものは外部に触れるということで自己という認識がニ義的に発生してくる。まあ、つまり人生というのは「まさぐってこそなんぼ」なんだなと感じたわけです。
  
■これらのことは五感が簡略化されたこの空間で明瞭になりましたが必ずしも視覚を失うということとイコールで考えられるものではないと思います。しかし、やっぱり日々いかに視覚に頼っているか、ということもあると思います。視覚というものは自分が見えません。だからまず己を自覚するということがとても難しいというのが一つあると思います。座禅をするときに目を瞑るのもそういうことがあると思います。そして視覚に頼ることでいかに表層をなぞって生きているのか、そしてそれによって様々な効果ということもまたあらためて分かることだと思います。
 
■他にも感じたことがありますが、内容が分かってしまうようなことなのでこれから体験する人のためにも一応伏せておきます。終わる直前に、最後にみんなで意見を交換し合うのですが、それもとても興味深いものがありました。僕たちをアテンドしてくれた方は「ソネちゃん」という可愛らしい女の子で、彼女はまっくらな中で聞くととても安心する魅力的な声の持ち主でした。全盲のソネちゃんは、暗闇の中でとても器用にアテンドしてくれました。視覚障害者の行動分析によるアフォーダンスの研究というものがあったのを思い出し、それとも含めて彼女の行動も興味深い点でした。12月中旬までやっています。行ける人は行ってみてください。きっとおもしろことがあると思います。僕ももう一回行きたい。
(21:05 10/21 2007)

 Oct. 18 thu. 『鼻水が止まらない』
■やっぱり太るのはいやだなと思い朝から軽いジョギングに行ったら、さっそく風邪をぶり返してしまった。ちくしょう、やってられねえ。だるすぎる。そしてあまりにも、あまりにも弱すぎる。咽喉だ。煙草も止めて扁桃腺も除去したのに僕は咽喉が弱い。風邪を引く場合は99%ここからだ。小学校1年ですでに治らない声帯ポリープが出来てしまってたしな。これは叫びすぎが原因だったわけだけど。どうしたものか。というか、こんな話どうでもいいな。
 
■この日記のレイアウトがいい加減うんざりするけれど、僕にはジャバの技術が無いので如何ともし難い。また今度暇ができたらソースを少しいじってみよう。たとえばイメージとして写真の『キャベツ』のようなレイアウトがいい。これは今月号の装苑にも載っていたみたいだけど、僕はわりとさっぱりしていて好きだ。こういう日記は「格好いいこと」なんかよりも「読みやすさ」を重視したい。この『「旬」がまるごと』シリーズは3月頃はじめて本屋で見たときにこざっぱりした表紙以上に巻頭特集のフードグラビアに惹かれて創刊準備号から買っている。あと、<創刊準備号>という、その<創刊>を待てない編集部のはやる気持ちにも可笑しさを受けた。ちなみに『キャベツ』の場合の巻頭グラビアは葉っぱを一枚づつ脱がしていくというなんともエロチックなコンセプトのものだった。『トマト』の回の中平卓馬は、ぜんぜんトマトを撮っていなくて笑った。中平さんらしさは全開だったけれど。肝心の中身の内容はいまいち薄い印象が拭えないものの、徐々にではあるが良くなってきている。こんな話もどうでもいいな。

 
■今年は、一番やりたいと考えている研究内容が学校で認めてもらえずに、悶々とした一年を過ごしている。かといって、ファッションの学校ではたぶんどこへ行っても認めてくれないだろうし理解してもらえないだろう。もちろんコンテストなんかは問題外だし、だいたいコンテストのテーマも毎回違いすぎてかなり足を引っぱっている。ためにはなっているけど。一番やりたいことからどんどんかけ離れている。じゃあ、どうすべきか。そんなことを悶々と考えながらも課題はやらなくちゃいけないわけで、しかもテクノロジーコースは課題が多いしなかなかままならない。課題は流してやっちゃえばいいのかもしれないけれど、でもシャツとか縫っていると、こんどは剣ボロとかにやたらにと興味を示し始め、他のがどんなふうになっているかとても気になりだして仕方がなくなる。『剣ボロ大全』とかいう本があればいいのにな。剣ボロひとつとっても興味深い。「いってこい」なんて、そのネーミングからしてすでに興味深い。ほかにも、服の上に<直線>を引いたならばそれがはたして本当に立体的に仕上がった時に<直線>なのだろうかと、つい計測器で検査・検証をしたくなってしまう。工業用完成パターンや、縫製仕様書、工程分析表も付けなきゃいけないのでなかなか辛いが、これもこれだけ見ていたらたぶん興味深いんだろうしおもしろいんだろうなと思う。僕はひとつのことしか出来ない性質だ。でも、剣ボロマスターになっても世界に平和がやってくるかは怪しいものだ。ファッションに興味がない。いや、興味はあるかもしれないけれど、それよりももっともっと大事なことがあると思ってしまう。もっと切実な大切な何か。そしてそれはやっぱり<服>で表現しなければならないことだと思う。<服>には色々な側面や影響があります。うーん、これもどうでもいいのか。まずは課題をやらなきゃな。
 
■学校の希望図書をよく利用する。すでに自分は読んだので関係はなくとも自分のお薦めの本などで入っていないものとかも注文して図書館に入れている。そういう活動も行っている。でも頼みすぎると怪しまれる。大学院だし、たいていは「研究資料」でなんとかなるんだけど、いっぱい頼んだり変な本だったりすると「研究内容を詳しく記述してください。」と言われてしまう。おとといはいっぱい頼んだうえに変な本(放送禁止用語に関する本)も混じっていたので、だいぶ訝しがられた。前なんか「石器の捏造の本」を頼んだときは、司書センターから電話が来たしな。でも、たいてい入れてくれるから文化の図書館は素晴らしいです。顔見知りのおばさんがいてこの方は率先的に入れてくれるのでありがたい。あと、一度に15冊も借りれるしこれも便利。とにかく今は読めるだけの本を読んでおこう。もう『資本論』なんかはとても読みたくないけれど、読んでおかなければならない。それが将来の為への備蓄になる。きょうはどうでもいいことばかり書いてしまった。頭がとても痛いのです。クラクラするよ。病院へ行こう。
(06:52 10/19 2007)

 Oct. 17 wed. 『パニック・ボディ』
■むだに興奮して眠れない夜がある。タチの悪いことに、疲れていると尚更そこから脱却できないのだ。昨日もまさにそれで、興奮していてほとんど寝むれなかった。仕方がないのでそのまま埼玉の蕨にある㈱持田プリーツワークスというプリーツ工場に見学に行った。びよーんと伸びる。あのプリーツだ。プリーツには「手折り」と「機械折り」とがあって、そのどちらの工程もひと通り見学させてもらった。こういうところに来ると毎回思うことだけど、やはり工場には足を運ぶべきだなと思う。工程を見て、疑問も含めていろいろと思い浮かぶことがあって、やっぱりそういうのは見なければ思わないことだ。心にまたひとつ芽が生えた。
■それで、これもいつも思うことなんだけれど、30年や50年来使われつづけている機械には本当にうっとりさせられる。ガッチャン、ガッチャン、と歯車やパーツが連動的に動く、剥き出しのあの構造がたまらない。古きよき産業革命が想い起こされるのだ。その時代を体験してないのでまったくよく分かってはいないんだけど、そういう気分に浸れるのだ。写真撮影は禁止だったので機械部分も撮れなかったことが唯一の残念だ。
■ちなみにプリーツの市場はミセスのアイテムとしては定番として定着しているようで、ここ数年ずっと安定しているらしい。体型保護にプリーツは持って来いなシルエットなので意外と需要があるんだそうだ。ほかに女学生の制服などのウール系プリーツも目立った。女性は若かりし頃にプリーツを着て、また歳を老いてプリーツに戻っていく。プリーツが流れる川ならば、さしずめ女は鮭か。そして僕はといえば、座ったときにお腹がプリーツみたいになる。
 
■きのう書いた最近太ったということについて、これが笑いごとではなくけっこう深刻な事態になっている。1ヶ月でそれくらいいってしまったからな。その原因はまぎれもなく過食だ。昼夜を問わず1日5食以上は食ってるからもはや疑いようがない。それ以前に5食という回数自体が疑わしい。食事自体がいつはじまっていつ終わるのかということ自体がはっきりとしていない。満たされるというような感覚があるわけでもなく、食べられなくなるまで食べつづけてしまう、歯止めが効かないそういう感じだ。それでとても気持ちが悪くなる。ダメージを喰らうのだ。そのことについて昔読んだ鷲田清一さんの本に書いてあったことを思い出した。

生きていくことそのことが大きな、あるいは小さな困難にぶつかったとき、ひとは<食>や<性>といった「自然」の欲求にもういちど深くじぶんを委ねようとする。それだけでは動かないように思えるから。でも、悲しいかな、戻るにも戻る<自然>そのものがすでに壊れているのが、人間だ。だから<自然>に戻ろうとして、方向喪失に陥り、逆に<自然>からもっとも逸脱した行為へと走ってしまいもする。食欲そのものの消失、あるいは過食と拒食。じぶんでじぶんのからだを攻撃してしまうのだ。最初にからだがダメージを受けてしまうのだ。

そうだ、これはあきらかに自分に対する攻撃だ。しかも爆撃だ。方向喪失に陥っているのかははよく分からないけれど、とにかくこの攻撃から身を守る術を手に入れないと大変なことになる。これ、鷲田さんが言っている「パニック・ボディ」状態じゃないか。身体が悲鳴をあげているのだろうか。
■その下りでこんな記述もあった。

ひとはじぶんというものが方向喪失に陥ったとき、とにかくからだで、もっとも単純な仕方で納得しようとするらしい。それが、ふつうの人間にはとても異様に映るらしいのだが、そういうときに、からだを同じように動かし動かしつづけることが一つのバランス剤となりうる。編み物をする、散歩をするときのその規則性が、からだを安定させるということがあるのではないだろうか。

だとすると先日見てきた『「縫い」のシャツ展』の、あの正気の沙汰ではなさは、逆に正気を保つ為の、彼らが彼らである為の、必死にバランスを取ろうとする、そのための打合せを身体としているんだろう。あそこにあった<作品>はそういったことの軌跡なのではないか。
■それで、この下りには「悲鳴をあげている身体」を救済するヒントもあって、つまり同じことの繰り返しやそういった規則性のような戦術を、いまの僕もとらなければならないんじゃないかと思うのだ。でもな。プリーツ工場で働いているオバちゃんたちの手折りの工程を見たときに、こんな繰り返し作業をずっと続けていくのかと考えたら気が遠くなって死にそうになったよ。どうしよう。このまま太ってしまったら僕もプリーツを着ようか。

(07:28 10/18 2007)

 Oct. 17 wed. 『2007新人デザイナーファッション大賞のこと』
■さっきテレビをみていたら「秋は太りにくい季節なんです。」、寒くなるので燃焼するから太りにくいんです、とアナウンサーがパネルを片手に言っていた。テレビめ、ふざけたこと言いやがって。俺は逆に太ってきている。ここ最近4㎏も太ってしまったぞ。いい加減なことばかりテレビはいうからさっきのをみてまた油断する輩も現れるだろうんだろうな。可哀相に。秋は備蓄の季節だ。こつこつと貯めていったものが、脂肪も勉強も身に付く季節だ。恋もそうかもしれないぞ。僕の場合は燃焼が足りてないんだ。だからもっと燃えなければいけない。燃焼だ燃焼だ!ご飯ももちろん食べ過ぎているんだけど。燃焼不足のせいにする。
■それで、時間がない。よく考えたら全然無かったし、だいたいよく考えなくても無かった。無いことをよく考えていたなかっただけだ。やりたいことばかりやっていられないし進めなければいけないこともあるし課題はあるし文化祭の用意もある。おまけに結婚式の余興だってある。大変だ。そして本も読みたい。じょうずに使っていかないとほんとうに、どれもこれも取り逃がしてしまうかもしれないから。ぼんやりとしていたらだめだ。スピードをもっと意識しよう。

「審査結果」

「製作過程」
■きのう学校で話していて思い出したけど、これについてなにも書いてなかった。1ヶ月も遡るけど、9月5日に『2007新人デザイナーファッション大賞』(結果はこちら)が終わった。自分たちの作品の写真がないのだ。悲しいことに。途中の写真は撮っていたんだけどな。せめて当日の写真くらい欲しかった。だから、自分たちのはまた作品撮りが済んだらあらためて経緯と検証ともに載せようと思う。
■とにかくこのコンテストはモデルのレベルが抜群に高かった。女性は全員外人だし。大賞を獲ったカティカセルー・チャレムキアトくんとメンズウェア部門賞の渡邉由美さんは見た瞬間「入るな」と思えるものだった。綺麗だった。ウィメンズウェア部門賞の鷲森アグリさんも効果的なライティングと相まってとても綺麗だなと思える作品だった。個人的にはチャン・シウヤンさんもとても好みだった。正直いくつか微妙なものもあったけれど、他に賞を獲った人たちも「賞を獲る」という由縁を当て嵌めることが出来た。あと、もうひとつ個人的に押したかったのが会場では1番最低点だった江守くん(エスモード)の作品。こういった時世の中でああいった形出しに挑戦するその姿勢が好きだし、そういう部分をもう少し評価されてしかるべきじゃないのか。たしかに、素材感などに問題はあったかもしれないけれど、ああいう姿勢を見落としている審査員たちには疑問を感じてしまった。外国人の出品者達の方が全体を通してトータルでモード感を感じる作品なのに比べて、日本人の作品はあまりモード感が感じられないということも印象に残った。
■ちなみに、せっかくなので結果発表後のチャレムキアトくんの記者会見を取材に混じって聴いていた。チャレムキアトくんは、いかにも“チャレムキアト”っぽい顔をしている。インタビューによると彼は現在25歳で学生であると同時に国内(タイ)に1件のお店を構えているとのこと。元々は古着を買い付けて売るという商売をしていて段々と自分でも服つくりを始めたようだ。それで、今回得たお金でまた新たに学校に行きたいと言っていた。なんでもアクセサリーの制作にもう少し力をいれたいそうで、店舗も広げていきたいそうだ。
■僕たちは賞には入らなかった。金銭的には残念だったけれど、結果としてはかなりの収穫があった。これは長くなるのでまたこんど書く。
■本番前のリハーサルを終えて「もう少し改善できる手立てはないものか」と先日から考えていたのとそういうチャンスがすこしあったので、やっぱりお昼ご飯の時間をけずって手直しをした。はっきり言って直したことが正解かどうなのかはよく分からないし、でも、ぎりぎりまで手を入れたい気持ちというか最後の悪あがきというのは今は本当に大事だと思う。こうしたらどうなるのか、ああしたらどうなるのか。そういう試行錯誤をして検証した結果というのはそれは毎回のことだけど後々になって自分の中でとても生きる。
■自分たちの作品の完成の写真がないので、ここで作品についてのこまかい解説をしても伝わらない。だから学校に直に見にきてください。もっともっと人の意見を聞いて検証する作業が今回の作品には一番重要なのです。
 
■アフターパーティで出品者の何人かの方と少しだけ話をする機会があって、エスモードのMくんと友だちになった。MくんはちょうどうちのデザインコースのTノ内くんとYズでインターンが同じだったらしくて、ちょうど良いので後日に新宿で飲んだ。興味のあったエスモードの話をいろいろ聞かせてもらえた。Mくんはとても気の良い子だ。彼の卒制も楽しみ。また会おう。


(07:52 10/17 2007)

 Oct. 13 sat. 『あしあとは記憶以外にも』
■ぜんぜん頭が冴えなくて、「なぜ服を着るのか」とか「都市構造を考える」とか格差とかテロリストとか国家とか、ここしばらく悶々としてバラバラだったキーワードがアントニオ・ネグリ/マイケル・ハートの『帝国』を読んでいたらそれらのことが結びついてきた。どんよりとした雲がすこしづつ晴れていく感覚がある。そしてそれは急速な集約を見せて、方法論とか、なぜデザインではなくて芸術なのか、そしてなぜ服なのかということだとかが明確に僕の前に現れそうな兆しがある。やっぱり宮沢さんの芝居を追っといて良かった。もっと読み進めてみたら、もっといろいろ考えられるだろう。言葉がむずかしいし、風邪で読んでいるとますます頭が痛くなるけど頑張って読まなければ。
 
■普段会わない、というよりもいままで全く交流をしてこなかった下の世代たちとはじめてまともに話をしようという趣旨の大学時代の「光画部の世代を超えた集まり」というのがあった。なんだかヘンテコでおもしろい会だった。いまだに文化祭の展示や食べ物屋も続いているらしい。それはとてもいいことだ。ただ、飲み会は暴れるとかパトカーが来て目途がつくというような伝統は受け継がれてなかったが、それはまあ、仕方がない。
■それで、そういう同世代を超えての集まりではひとつの奇妙な現象が起こる。つまり部長が何人もいるのだ。あっちにも、こっちにも。部長がいる。ふつう部長といったら一人だろう。そのどうにも奇妙な光景がおもしろかった。部長達は「部長会議」みたいなことをもぞもぞとしていたな。初代が「2000年卒」なので、「2010年卒」までが出たらそれまでの各代を一同に介した『光画部大パノラマ写真展』を催したいという企てをしていた。いちばん若手の部長が「今度は現役生も連れてくる」と言っていて、そうすると大体60人前後になるだろうから、どうせそれならば多摩川とかで運動会しようぜと思いそういうことを言ったんだけれど、翌日にTろうに昨日のことを話したら「じゃあ運動会やろうよ」とまったく同じ意味のことを言っていてそれを聞いたとき、他人の振りを見て自分のばかさ加減に気が付いた。人がたくさん集まるとすぐに運動会をやりたがるヤツは、どうかと思うだろう。
■下の世代の者どもが「あしあと」のことを知っていたので、それにはとても驚かされた。べつに自分達が何かを言ったわけでもなく後輩たちは「あしあと」のこと知っていて、でも、いったい誰がやったのかは知らなかったようで「あのこと知ってますか」と誰かがたまたま訊かれた。で、そのことを知って彼らは驚いていたが、僕たちも彼らが知っていることに驚いた。「あしあとは伝説だ」というようなことの意味を言われた。今でも5区目の「黄色のあしあと」が少し残っているらしい。
(23:00 10/14 2007)

 Oct. 12 fri. 『そして忘れていることを指摘される 』
■少し前のことだ。郵便局から封筒が届いていて、なんだと思いながら開けてみると「あなた、忘れていましたね」という旨の指摘の通知だった。だいぶ前にATMにお金を忘れてしまったという件のそれだ。あの金を。誰も取らずにいてくれたそうだ。ああそうなんだ、世の中捨てたもんじゃないな、と一瞬ほころびもしたけれど、これはちょっと待てとも思った。逆にいえばこれ、取るに足りるまでもない端した金額だったということなんじゃないか。それなりに痛手だった。それが誰も見向きもしない金額だったとは。そして忘れていることを指摘される。なんだか、そう考えると逆に恥ずかしめを受けている気もしてくる。一度そう思ってしまえばあとはどんどんと気恥ずかしさだけが込み上げてくる始末だ。こうなってしまってはいっそうこの際「存じません。」と突っぱねてみるのも一つの手かもしれない。凛として突っぱねてみようか。だけれども、つくづく残念なことに凛とするほどの額でもなかったのだ。できれば口座にそっと戻しておいて欲しかった。受け取りの手続き。これがまた思いのほか面倒なのだ。
  

■これも8月あたまくらいだったはず。六本木へ。国立新美術館で「スキン+ボーンズ-1980年代以降の建築とファッション」展を見た。楽しみにしていたんだけどこれはほんとうになんというか、残念。ほんとうにつまらなかったなこれ。ひど過ぎて笑っちゃった。なに考えているんだろうかキュレイターの人。展示物をぞんざいに扱っているように見受けてしまう、もうただの完全な準備不足に写った。なんでこの2つを組み合わせたかったんだろうか。表層的な部分ばかりをなぞることがかえって浅はかに見える。唯一良かった点といったら久しぶりにナマの服を一同に見れたことくらいだ。だいたい全体的に展示の配置がおかしい。フランク・ゲーリーなんかは映画を観たから良かったようなものの、もう少し親切な手段があるだろうと思う。ある程度の知識がないと色々と勘違いしてしまうような配置だった。それはいま現在建築事務所に勤務しているM本くんとお互いに「どうだった?」と確認しあうことでよけい露骨に分かった。マルジェラの扱い方に至っては「バカなんじゃないかこの人たちは」と思わせる。本当に小学生以下のカテゴライズの仕方には憤慨だよ。
■で、そんなどうしようもない中で今回いちばんよく分かったことは菱沼良樹の残念さ。菱沼さんは確かに、アイディアだけ見ればとてもおもしろいアイディアのことをやっているし、実際人よりはやくやっている。しかし、そのことごとくが翌年とかにコム・デ・ギャルソンなどによって、同じアイディアで、よりポテンシャルの高い作品が発表されている。そしてそちらの方が脚光を浴びているし完全に凌駕されてしまっている。その原因は何かといえば、それは知名度でもなんでもなく、ひとえに菱沼さんのセンスとかキレの無さ、モード感の欠如に由来している。それが致命的なほどに。
■個人的にはエレナ・マンフェルディーニと最初の方にあったYシャツの人たちが好みだった。最後にいちばんの驚きは、チケットやチラシにも掲載されていたマンフレディーニの白い服がどこを見ても見当たらなかったので係員に聞いてみると、とてもバツが悪そうに「たいへん申し訳ありませんが、借りることができませんでした。」と驚きの返答が返ってきた。載せちゃったのに。そんなの初めて聞いたぞ。ともかく、かえっていろいろと考えさせられてしまった。そういう意味では行って良かったんだ。それにナマで服を色々見れたのはやっぱり良かった。そして最後にもう一度言わしてもらう。菱沼さんは「とても残念な人」だった。がんばって下さい!

(02:32 10/13 2007)

 Oct. 11 thu. 『帰ってきた彼らや、それを迎える彼ら 』
■きょうは学校で安藤忠雄さんの特別講義があったんだけど風邪がぜんぜん治ってないので行くのをあきらめた。もったいないけれど仕方がないので家にあった2003年の美術手帖『直島特集』を取りだして読んでいた。直島にある地中美術館をみてしまってから21_21 DESIGN SIGHTをみるとどうしてもいまいちに思えてしまい、安藤さんは手を抜いたんではないかと思ってしまう。地中美術館はどこを取ってみても緊張感があった。建物自体がほんとうに作品だった。やっぱりいま思い出してもほんとうに素晴らしい。というか、もう島全体が素晴らしいことになっている。島のおっさんたちがみんなイイ顔をしていたしな。そういえば、夏の旅行のことも書いておこうと思いながらぜんぜん書いてなかったな、こんどそのことも書いておこう。滞っていることもあるし、やらないといけないこともあるけれど、そういうのも進めていかないといろいろと悩みがあっても何も解決なんかしなそうだ。
 
■9月末くらいにイギリスに留学していたH岡くん《作品はこちら》やK島さん《作品はこちら》が帰ってきた。久々なのでなつかしいなと思いきや、会って2分くらいで見慣れてしまった。うーむ、おかしい。こんなはずじゃなかったんだけれどな。会うのを楽しみにしていたんだけどな…。もっと歓迎ムードを出したかったんだけれど、見慣れてしまったものは仕方がない。それでも立ち飲み屋でH岡、M田、O田、M本というBFB時代の若武者4人を並びでひさしぶりに眺められたときはなんだか言いえて妙なうれしさがあった。キンケシ(キン肉マン消しゴム)が揃うような感覚かな。あ、ちがう、ライダー集合みたいな感覚のほうが近いかもしれない。だいたい彼らに限らずBFBの時のメンバーは1人ずつが好きだ。みんなそれぞれに魅力的なところがあって尊敬できる強い何かを持っている。あ、こんどそういう魅力を1人ずつごとに書いておくのもいいな。彼(彼女)らからは本当に勉強させられるし、いまだって勉強になる。
■H岡くんからはたまにメールをもらって、そういうことで僕もまたいろいろと考えることができて、たとえば「オンワード」で日常的な服を作ってみようと思ったのも、そういうところからの影響も少なからずある。帰ってきてからすこし話した中ではやはり金銭的な面で大変だなと思った。でも2人の作品をみると自分たちの中での新しい一面が見てとれるし、たぶんやっぱり日本にいては掴めないことをたくさん吸収したんだろう。このまえは二人にあったときのそのどちらもあんまりたくさんは話せなかったのでまた徐々にいろいろな経験を聞けたらいいなと思う。T田くんももうしばらくしたら帰ってくるのだろうか。彼もいろいろ考えることがあったみたいだけど今はたくさんおおいに悩めばいいと思うので、それも大事な経験だったと思う。今は少しはスッキリしたみたいだからまた帰ってきたら話を聞くのが楽しみだ。
 
■だいぶすっ飛ばしていたので、少しずつメモ程度に記しておこうと思う。
《サン=ラザール駅裏、パリ、フランス》 1932年

■8月あたま辺りだったかな。竹橋へ。東京国立近代美術館で「アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌」展を見た。うーん、だいぶ時間が経ってしまったので細かいことを忘れてしまっているけど、通して見てみて今でも心に残っているのは、構図のことだ。奥行きとか、ものの配置の感じが左奥に向かっているものが多いように見受けられた。それがとても印象に残った。利き手や利き目もこういうことになにか関係があるんだろうか。それにしても世界中を飛びまわっているよブレッソンは。そして報道の臨場感。ナチスの辺りのなんかは映画のワンシーンかと思ってしまったくらいだ。当時の時代背景とか時世が僕はまるで分からないのでただ純粋に作品として見てしまったけど、そういうのが分かっていたらまた違ったバイアスを持って見ることができるんだろうな。この写真が報道という側面性を持っているならば、それはいいことなのかわるいことなのか……。その後に常設展の方で木村伊兵衛の作品を見ているととても今しがた見終えたばかりのブレッソンに似ているのでなんなんだこの似て蝶は、と思ったが、どうやら木村伊兵衛はブレッソンに深い影響を受けているようでそれは、「なるほどな」と感心できるほどの影響の受けぶりだった。

(01:14 10/12 2007)

 Oct. 10 wed. 『ライヒが来る』
■スティーヴ・ライヒが。ついに彼がやってくる。いや来るのは分かっていた。それよりも昨年あたりから、来年に武満徹作曲賞2008年度の審査員として来日するのでおそらく公演もあるだろうといわれていたが、やはり5月21と22日にあるそうだ。オペラシティで。もう、これは。演目は1から13のセクションで構成されている『Music for 18 Musicians』など。ひとつのセクションからべつのセクションへの移行を、合奏する身体的所作も含めて生で体験してみたかった曲なのでとても嬉しいし、考えただけですでにもう興奮してしまう。今回は演奏はReich's musicianではなくEnsemble Modernらしいのだけど、とにかく生演奏が聴ける機会はなかなかないので絶対に行く。だから、いつ出るのかまだ分からないけれど指先確認でチケット発売日をきちんと確認しておかなければならない。
■それというのも、つい先日までMIZUMA ART GALLERYで開催されていた『ジュン・グエン・ハツシバ展』を見逃してしまったからだ。うっかり期間をまちがえて。莫迦だ。ほんとうにこういうのは悔やんでも悔やみきれない。デュマス展と並んで今年楽しみにしていた展覧会だったんだけど。毎年こういうことをしてしまうんだ。何年たっても治らない。今週から始まったワタリウムの『クマグスの森展』はうっかりする前になるべくはやめに観に行こう。というか、フリーパスだしこうなったらもう何回も行こう。そうやって他のものを取り戻せるかのような気分にしよう。それで、いま現在の目下の悩みは講演会を聴講したいんだけどお金が無いので無理かもしれない、ということだ。むなしい。でもなんとかしたい。なんとか頭をひねって。
 
『「縫い」のシャツ展』
■すこし前に表参道のGEM ARTに『「縫い」のシャツ展』を見にいった。シャツには延々と刺し子が施してある、あるいは延々とつづく玉縁止めの連続。造性の源泉からほとばしる真に自発的な表現のもの、いわゆるアウトサイダー・アートといわれるもの。作為なのか無作為なのか。どんなに牧歌的なものであれその無作為性は正気の沙汰ではない印象を受ける。いったい目的地っていうものがあるんだろうか。たとえば「走る」ということでも、彼らにとってそれは短距離でもなく長距離でもなく、というか距離という概念でもなくて、ただはやく足を前に出すという行為を連続的にくり返したことの結果ということだけなんだろうか。キ○ガイっていうのはやはり凄いなと思う。キちゃってるんじゃなくんて、イっちゃってるからなあ。背中しか見えないよ。こういうの、一針ごとが本当の意味での現在なんだろう。恒にその後姿を追った姿が現象として現れる。僕らが見ているのはいつも彼らの後ろ姿でしかない。それで、そういうものにはなにか安心のできない、えもいわれぬ強さと不気味さがある。最終的な見立てを見定めていない、だからこそ今する行いに没頭できるのだろうか。だからもし飽きちゃったら辞めちゃうんだろう。とにかくチカラがある。生き物の力強さみたいなものが。たとえアウトサイダーという現象としてのひとつの戦術だとしても、このような「身体」な強さとか根気に対抗するための「脳髄」を持たなければならない思う。負けたくないなと思った。これは見にいった方が良いと思う。


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(00:16 10/11 2007)

 Oct. 09 tue. 『彼女の頭の中 』
1回戦の会場
■昨日の明け方にテレビを見ているとドキュメンタリー番組で吉本NSCのことをやっていた。テレビの中ではみんな真剣で、それはそうだよな食べていこうとしてるんだもの「当たり前だよな」とか心で言いながら、去年M-1グランプリに自分たちが出たことも思い出した。思い出して、ブラウン管に写る彼らのその真剣にM-1に取り組んでいる様を眺めながら去年のあの、ただならぬ会場の雰囲気を想い出すと、今はただ見ているだけなのになんだかこちらも緊張してきてしまい、そういう気分とともにあらためて「なんで出たんだろうか」ということとか「生半可な気持ちだったな」という感慨とかがぼんやりと頭に浮かんできた。それで何よりも、そういえばあのときいったい彼女はなにを考えていたんだろうか、ということを想った。
■相方は同じ文化ファッション大学院大学のTさんだ。僕も、おそらくTさんも表に出ることは得意な方ではないし、だいたい好きでもないと思う。そもそもそんな僕たちがなぜ出場することになったかというと、それはきわめて根拠のあいまいなものであって、Tさんとたまたま一緒に撮った一枚の写真から始まり、それ以外にも、たとえばうちの学校には年間のコンテストの結果表が廊下にでかでかと張り出されているんだけど「~~、装苑賞2次審査通過」とかのよこに「~~、M-1GP 1次予選通過」というのがあってもいいじゃないか、とか、そういう些細な成り行きから、というか、完全なふざけ半分で「よし出よう」ということになった。彼女は普段からおだやかな面持ちの人で、実際とまどいがあったのかどうかは全然分からないけれど、その時もいつも通りのおだやかな様子でその話に「乗って」くれた。
■それで生まれて初めてコントの脚本を書いたのだけど、僕はあいかわらずのぎりぎり加減で、大会2日前に校了したせいで練習は実質1日しかなかった。しかも自分で書いたくせに内容が不条理すぎて自分でも覚えるのがままならなかったような筋だった。いま考えると無謀以外の何ものでもないけどだからほぼ、ぶっつけ本番でその日にのぞんだ。当日自分たちの番が終わったあとに会場で見ていても感じたことだし昨日テレビを見ていても感じたことだけどやっぱりコントは「二人のコンビネーション」掛け合いが1番大事だ。それはもうネタ以前にほんとうに大原則だと写ったし、わずかの練習で脚本を覚えるだけで精一杯だった挙げ句、にもましてド素人の僕とTさんが「受かるわけがないな」ということはそういう意味でも明らかだった。テレビを見ていて「生半可な気持ちだったな」と感じたのはコンビネーションに対する練習量とあと、それにかける想いや意気込みについてもそう感じた。
■当日は昼間から会場の近くの路地裏で直前練習もしてみたけれど、やっぱり思うようには上手くいかなかった。こんな状態に僕自身は内心このなんだか意味の分からない悲壮感も抱えていた。僕たちは僕たちになりに緊張していたけれど、会場に行ってみてまわりの真剣さの雰囲気にカウンターパンチを喰らった。会場ですれ違う時の挨拶からしてちがう、それは本気の挨拶だった。200人近く観客が入っていることにもおどろいた。そんな雰囲気にも圧倒されて具合の悪さを通り越す緊張感だった。なんか身体に上手く力も入らなかった気がする。スポーツとかでもそうだろうけど、いきなり素人が出ても骨折とか吐いたりとかしちゃうような、ほとんどもうそれに近い様子だった。唯一の救いはWたるやYうが観に来てくれたことだったけど、舞台の袖で自分たちの番を待っているときは本当に逃げ出した気持ちでいっぱいだった。僕にはTさんがとても落ち着いて見えていつも通りの印象に思えた。でも、ステージ上でのそれを振り返ってのちにTさんは「あたまが真っ白だった」というような意味のことを言っていた。僕もほとんど記憶が無い。なんとなくスローモーションな情景の雰囲気を覚えているけれどそれさえもやわらかな雲を掴むような、なんともおぼろげなそういう「印象」でしか記憶にない。そのくらい無茶なことだったのだ。1年経ってから今の方がよけいにそう思う。
■だから、いま考えてみるとよくTさんは出てくれたなと感じるのだ。なかなかそんな軽率な行動によくも付き合ってくれたものだと。いつだってその時どきに思いは至らない。当時は阿呆すぎてなにも考えていなかったけど、というか脚本とか自分の用意することだけで手一杯でそこまで考えが及びもしなかったけど、あのとき彼女はなにを考えていたんだろうかと、1年経ってそんなことを、ふと想う。
■たぶん去年の今ごろだったな。今ではよくで出たものだなと感じるばかりだ。なんのために出たんだろうかと想ってはみてもそれは今以てよくは分からないし、これはもう時が経てば経つほどどんどん分からなくなるだけだろう。まあそんなことはどうでもいいんだけど、そういう莫迦なことに付き合ってくれたTさんには感謝しているし、彼女と一緒に出られて良かったなと思ってる。
(02:23 10/10 2007)

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