2010年12月

竹内宛メール

12 09 10 09 06 05 03 01 12 11 10 09 07 06 05 04 03 02 01 12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 12 

ファッションのマルチチュード

BFBの修了Show

明星大学造形芸術学部

文化ファッション大学院大学

BFGU夏季合宿



Marlene Dumasハイレッドセンターの本The Idiots Are Winning.

身体/カラダ/空だ
  Copyright ©2006



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
(--:-- --/-- --)

Dec. 31 mon. 『印象にのこった言葉』
■一年間日記を書いてみて、やっぱり言葉にまとめる作業というのはとてもむずかしいと痛感した。思っていることのすべてをすくい上げることがままならない。どうやって書こうとしたって言葉の端から意味や感触はこぼれ落ちる。いつも言い過ぎたり、言い足りなかったりする。それで、言葉というものはあんまり信用できないというか。むずかしい。だからこそ、地道に書いていくしかないんだろうという気もする。まとまらないなりに来年はもうちょっと頑張って書こう。すこしずつ、すくい上げよう。自分の手掛かりとして。そして本を読むのと同じくらい、外を歩こう。
■思い返すとよく残っている印象として今年は全体的に、お酒を飲んだ次の日は、己の発言に恥ずかしい気持ちになってしまう、ということがあった。うっかりした状態だけの話をしてしまい、そういうのってやっぱり一面しか伝わらないもんな。それだけまだまだ未熟な人間というのもある。別のこともあって、このさい酒を辞めてしまおうかとも考えたりするが、そういう席で人の話を聞くのは楽しいのでいまいち踏ん切りがつかない。とりあえず、どうしようかを考えながらきょうも飲んでしまうだろう。きょうは年の最後に吉祥寺マンダラにて友人のYくん、Cさん、SくんのいるASHITAKARAというバンドを聴きに行ってくる。

■今年印象に残った言葉は、

自分が正しい事を言うときほど、相手の心情をおもんばかりなさい

正しいことも大事だけれど、人は弱いものだ。何が正しいのか、何が間違っているのか、そいうことに目が行き過ぎてしまうときに、一番大切なことを見失わないように。

■みんな夢の中。よいお年を。




スポンサーサイト
(14:20 12/31 2007)

Dec. 27 thu. 『物事の背景』
■ちょっとこの資料をなんのニュースでみたのかを失念してしまったけれど、これにちかい内容の物がココにも書かれている。一見して分かるとおり、おかしな事態になっている。定義が「発生」から「認知」に変わったり、都道府県によって調査の方法に極端な差異がみられるという問題もあるそうだが、それにしても6倍だ。去年の6倍。去年までの調査に問題があるのかもしれないが、昨今取り沙汰されている社会問題とおおいに関係しているなかでの、厳密さを求めた結果として、疑わしきはクロというもの、あるいは、そういわれてみればそんな気がしないでもない、というものに至るまで含まれてしまったのかもしれない。どうなんだろうか。どのような環境のなかでこういった調査が行われたのか、そういったことの背景を踏まえて認識しなければよく分からない。こういう結果が出てきた点と、その背景という二つの点に眼差しを向けて、もうすこし服のことについても考えてみたい。


(06:43 12/27 2007)

Dec. 26 wed. 『Helicopter String Quartet』
■オシム監督が集中治療室から出て、リハビリのためにべつの病院に移る際に「サッカー人生にとって移籍はつきものだ」と言ったというのを聞いて、とても安心した。あの発言がなくなってしまうのはさびしいと思っていたから。オシム監督はウィットにとんだ発言をする。だからオシム語録やらのオシム本はたくさん出版された。『オシムが言わなかったこと』などという書物まで刊行されていたのを本屋で目にしたが、これには驚いた。なにせ、オシム監督が「言わなかったこと」までもを「言う」んだもんな。どんな乗っかり方なんだ。これからじょじょにリハビリして無理はしないでほしいと思う。ただやっぱり、自分の知らないうちにいつの間にか監督が自分ではなく岡ちゃんになっていたことは、仕方がないことかもしれないけれど、気の毒に思う。そしてオシム監督のあとの岡ちゃんは「発言」するということにおいて気の毒に思う。
■さらに後日、サッカー協会の方からアーガイル柄のセーターをもらった際に、「イギリスに行けという事か」と言ったという。あれ、オシム監督が。なんだかデーヴ・スペクターともかぶって聞こえたので、心の中でそのラインは消去した。

■カールハインツ・シュトックハウゼンが逝ってしまわれた。高校生の頃にはじめてシュトックハウゼンを聴いて、僕もいろいろな事を考えさせてもらいました。シュトックハウゼンに限らず、そういう作品や姿勢というのは本当に素晴らしい。享楽的だったりステレオタイプな表現だけでは、気持ちの良いだけでは、少なくとも僕は、溶けていなくなってしまうだろう。ありがとうございました。一番好きな"Helicopter String Quartet" を。



(20:47 12/26 2007)

Dec. 16 sun. 『ミナカタをみる』
南方マンダラ
■外苑前へ。ワタリウム美術館に『クマグスの森展』を観に行く。南方熊楠の、彼の幼少期からの膨大な筆写の数々のノートなどを見る。ろくに写真もない時代だから様々なものが絵で描かれている。今の時代において、色々な資料や本はやすやすと手に入りやすいし、コピー機もある。ほうほうと感心してその時は覚えていても、すぐに忘れてしまったり、だいたいコピー機で写しておいたものなどは、その時点捕獲した気になって油断してしまい、結局読まず終まい、なんていうものもある。彼の頭の中にあるあの壮大なパノラマはあの膨大な筆写に支えられているんだろう。とにかく驚くべきは墨壷の減り方だ。墨壷がぼこっと、ものすごく窪んでいて、あんな状態ものは初めて見た。また筆写するというのは、物理的な側面でとても手間のかかる作業だ。だからその作業の間に、その対象と対峙する時間とそれについて考える時間がある。計算するとかそういうことではなくて、物事を吟味して考察するということは、そういった時間的なことも大きな意味合いがあるのではないだろうか。そして技術的な進歩のなかで、利便性という恩恵とともに本来重要な役割を果たしてきた「手を動かしながら考える時間」というのも収奪されてしまっているのではないだろうか。もちろんんその恩恵や、それゆえの<先のこと>ということも有るのは確かだから一概的なことはいえないけれど、なにか感覚として、収奪されていく<時間>から綻びてきているような世の中のずれみたいなものが、身体感覚として日常生活の中にずっとある。
キノコの記録
■それで、<写し取る>という行為にはほかにも目を見張るべきものがある。博物画というのか、即物的な描写であっても、そこには写真には写らない部分がたち現れる。どんなに丁寧に描いたって、そこにはおかしなおもむきが出てきてしまう。受けを狙っていない、変に意図せずに、純粋に描いているから、そうゆう側面が純粋に浮き彫りになる、というのもあるのだろう。そういうのがとてもおもしろいことになっている。その部分から見て取れる熊楠の視線とか姿勢が、観察主体として表れている。だってキノコ類の記録にしても、これがもしも写真であったならば、こんなに面白いと思えるかは疑問だ。学術的な貢献ももちろん素晴らしいだろうけれど、同時に実用性からはみ出した、そういった部分がリゾーム状に広がっていき、それこそが「熊楠の見た宇宙」なんだろう。
■熊楠は小学校の時に教科書に見切りをつけて色々な書物を読み漁る。僕も小学校の時の一時期に教科書に見切りをつけて『南総里見八犬伝』などの歴史ものを授業中に読んでいたが、それはただたんに楽しんでいただけなのであまり身についていない。高校の時などは教科書も買わなくなって、そのくせ今になって勉強している始末だ。熊楠は筆写して、野山を歩いて、そしてまた描く。思うに彼の出自は画家にもみえるけれど、目の前に落ちているモノからを出発点として、その興味は多岐にわたり根のように伸びていく。十二支考の腹稿もマンダラのように書き巡られている。見て取れるのはフィールドワークと、その反対になる言葉が何だか分からないけれど「資料にあたるという作業」のバランス。そして、興味の結果として蓄積された膨大の知識が複雑なバランスをもって出来ている。そこから生まれる視線。彼もカルチュラル・スタディーズの実践者だ。
■粘菌にもとても興味が湧いた。とても不思議な生き物だ。顕微鏡の中の世界にも唸る。あれは見惚れた。今まで覗いたことのある顕微鏡の中には、こんな世界はなかった。きっと、いままで顕微鏡運がわるかったんだろうと思うくらいの世界が広がっていた。顕微鏡が欲しいな。
■そして、やはり熊野が気になる。それは中上健次が気になるからでもある。
■紀伊国屋に寄って『中上健次言成集』を読みたいと思ったが、高すぎて買えなかった。だからこんど図書館に入れてもらおう。気になっていたちくま新書の『カルチュラル・スタディーズ入門』を購入。
■きょうは天気が良くても木枯らしが寒かった。
(03:27 12/18 2007)

Dec. 07 fri. 『きわめてだめなブース』
■ビッグサイトで開催されていた『東京ファッション産業機器展』に行って来た。どうでもいいことだけども、ビッグサイトって、いつも要塞のように見えて、そのたびにゼビウスのことを想い出してしまう。産業機器展とは、縫製関係にまつわる産業機器類の催し物だ。その業界の人や、あるいはアイロンとか器械とか、単純にそういうのが好きな人は面白いのかもしれないけれど、元気のいい若い者がのこのこと見に行っても、それはけして愉快なものではなく、けっこう退屈かもしれない。若い者向けではなく、年配向けだ。それは、縫製機械にまぎれて、至るところに足マッサージがセッティングされていることからも容易に判断がつく。足マッサージ機が多すぎるんだよ。そういうのもあってか業者の顔ぶれも年配がおおく見られる。特殊機械自体は目を見張るようなものが多々あるにも関わらず、なにか会場全体には、催し物自体に年齢的な「勢いの無さ」のようなものが滲み出ていた気がする。
だめなブース
■だからある意味では、ほんの少しだけ視点を変えてみればなにか変な、おかしなものがあるかもしれないなと思ったが、やっぱりあった。見つけてしまったのは、だめなブースだった。写真がそれだ。近寄ってな撮影できなかったのが悔やまれるが、この写真だけでも、誰も寄り付いていないのが見て取れる。残念さが伝わってくる。だいたい何がいけないかというと、いろいろいけなかった。まずはメンバーの表情。なにかいやなことでもあったのだろうか、おそろしく暗い顔をしている。葬式のような表情をしていて、遺族かと思った。だいじょうぶかと心配になる。そして体勢。椅子によりかかったまま、斜め下、あるいは明後日の方向を見てぼんやりとしていた。そしてパネルというか、ポップとかキャプションの類いの物品。後ろのパーテーションに張ってある大きな布で出来ていている看板のようなものが、配色とかセンスとかくたり加減が高校生の大弾幕みたいなんだよな。なんとも味気のない。いや、こうゆう場所では逆に意味味わい深すぎる。謳い文句もまるで魅力が無い。机の前に出ているキャプションの配色も、黒バックにオレンジで字が書かれているという、なんともみょうな代物だった。そして、マシンのセッテイングの簡素さがかえってそれらのことをわるい方向へと導いているようにもみてとれた。とにかく全体的にアマチュアっぽい。もちろん客が前を歩いていても何も声を出さない。ぼんやりとしている。そうかと思えばおもむろにデモンストレーションのような作業を開始するんだけれど、何人かが立ち止まって興味を示しても意に介さない。黙々と作業を続ける。それをじっと見守るギャラリー。何をやっているのかよく分からない。すぐにマシンが目詰まりをおこす。そしてその除去作業。機械の調子も悪い。ついにはしびれを切らして皆が立ち去ってしまう。そういったことを終始繰り返していた。商売のきっかけの場なはずなのに、社交性はゼロに等しいし、まあよくいえば職人気質か。とにかくメンバーはストイックだった。あの空間だけが浮世離れしていた。おもしろすぎて何回も見学してまい、そのたびに笑いをこらえるのが大変だった。いつのまにか僕はこのブースのファンになった。ああ。やっぱりもっと近くで撮っておけばよかった。悔やまれる。
■ほかにうろうろしていたら、イイ感じの顔をしたおじさんに、関東と関西の糸切りハサミの違いを教えてもらった。
■『ジャパンクリエーション』の方にも寄ったら、フィオッキを扱っている会社があって、聞けば100個セット単位で購入できるという。以前に貿易商事にお願いして苦労してイタリアから取り寄せた(しかも1000個単位で)とても面倒な経験があったので、これは純粋にとても嬉しい収穫だった。

■三菱レイヨンの「ソアロン」という素材のコンテストがあって、トリアセテート長繊維のソアロンはすごく気になっている素材なのでとても興味があったけれど、今はそんなことをしている場合ではないので出すのは辞めておこうと思う。どんなだろうかソアロンて。

(03:39 12/17 2007)

Nov. 30 fri. 『レクレルールの社長』
■ちょっと前のことになるけれど、表参道にある『レクレルール』というセレクトショップに、パリの『レクレルール』(※マレ地区にあるパリの店舗が大元)から社長が来日していて、その表参道店の二階にて特別講義が行われた。そういえば誰も聞かなかったけれど、どうやらパリ店と表参道店では、また出資元が違うらしいのだが、その辺のところの説明は無かったのでよく分からず終まい。それで、写真の奥のほうで立ち上がっているのが社長だ。名前はよく分からなかった。社長は終始エネルギッシュにまくし立てて話していて、その様はまるで、フランス現代演劇かなにかを観ているようだった。とちゅうで椅子に片足を上げていたしな。昂ぶるままに椅子に片足を乗せて、何事かを言い放ち、「どうだ」と言わんばかりにゆっくりと周囲を見回す社長。それを「どうか」と見守る我々。緊張状態の空間と、ひとときの無言劇。あの瞬間は醍醐味があった。内容の方は、ちょっとメモした紙が手元に無いので大まかな事しか覚えていないけれど、おもに、クリエーションについてと、どのような手段を新しく価値として客に提供できるか、というようなことだった。価値をどれだけ生み出せるか、それらが経済に繋がっていくこと。物を売るのではなく、物を含めた情報までもを売ること。レクレルールができた経緯を追いながら話は進められていった。当たり前のことを言っていたが、その当たり前のことをきちんと実行していくことが難しい。あとは、話が上手。口が達者なんだよとても。まるで役者だ。どれだけまわりを引きずり込めるかということにおいてこれも大事なんだなと思う。しかし最後の方の下りは「ん?」と思って聞いていたがまるで『コレット』(パリにある有名セレクトショップ)と丸かぶりの手法じゃないかよと思わずにはいられない内容の話になってきて、なんだかよく分からなくなった。通訳の人(写真の坊主の人)までもがいやに役者っぽく熱弁するので、きょうはなんなんだ、いったい大丈夫なのかと謎に思ったが、通訳の方はそもそも映画監督をされている方だそうで、それはそうか、なるほどなと思った。
■今の世の中に、いったい何人の人が「クリエーションをしている」と言える人間がいるのか、それは10人もいないのではないか。という意味のことを社長は言っていて、その中で、たとえば彼はキャロルクリスチャン・ポエルをいたく褒めていた。ヘルムート・ラングが、ミニマリズムという新たな手法の旗手になれたのもキャロルクリスチャン・ポエルのおかげだと言う。オーストリア出身のもっとも古典的な装飾主義にすぎなかったラングは、学校を出たばかりのポエルを運良く拾えたことであのような変身を遂げる事ができ、だからポエルがいなくなってからは、あとはもう、ポエルが置いていったアイディアの井戸を汲み上げるしかなかった。それが枯れるのは時間の問題で、今のヘルムート・ラングを見てみろ、その通りになった、と言っていた。だからほら、プラダに行っても、てんでだめだったじゃないか、とも言っていた。それから社長はポエルのスーツを持ってきて広げて見せて、仕立てから関節の造形に至る部分など色々と熱弁していた。この頃になると通訳の方も社長の熱弁に付いていくのが精一杯でいまいち何を言っているのかが伝わらなかったし、ちょっとその辺は着てみないとよく分からない感じだった。とにかくポエルは押していた。
■以前、パリのスタジオベルソーという洋裁学校に訪問したときに、とても褒めてもらったリメイクのジーンズの作品があって、向こうの先生方が、レクルールとかに良い(置いてもらえる)のではないかということを言っていたので、講義が終わったのち、いまさらだけどせっかくのなので試しに社長に見せてみた。リメイクのジーンズだったこともあり、社長は、まず君はクリエーターなのか、そうではないのか?というようなことを聞いてきた。元々ある素材や形をそのまま生かした出来上がりが、ある物を使って<応用>している、つまり、それは<一から創り出すクリ―エーション>ではないのではないか、というような意味のことを言っていた。その辺が君はどうなんだと言ってきた。でもそのジーンズに関して言うと、社長は「全部が接着してあるジーンズ」と言っていたが、接着してるわけでもなくて、時間が無いらしくぱっとしか物を見なかったし、暗くてあんまりよく分からなかったんではなかろうかとおもう。あとは、通訳の方が介在しているので意図や言語の整合性の問題ももしかしたらあるかもしれないが、言いたいことの意味はなんとなくちょっとずれているような、先ほどの講義の余韻を多分に引きずっているような印象を拭えず正直あまりなんと答えれば良いものやらピンと来なかった。
■ちなみに、ベルソーでジーンズを見せた時に、同時に向こうの先生たちは、「パクられないようにした方がいいよ」ともしきりに言っていた。向こうはそんなにもパクりが横行しているのだろうか。
■それにしても直前に受けた実技試験において、終わった直後に自分でもクリーエーションじゃなくてコーディネートをしてしまった、と感じ、そういうことについてずっと考えていたので、細かい怪しい箇所はとやかく言わずに社長の話はいい機会だったのである。

■毛色は違うけど、どちらもかなり良いし。

Heart & Soul Heart & Soul
Jah Wobble

Trojan (2007)

Etudes Electroniques Etudes Electroniques
Luciano

Cadenza (2007)


(02:24 12/13 2007)

Dec. 09 sun. 『黄色い絨毯』
■内田百の「蜻蛉玉」を読みながら待っていた。最近出た<ちくま日本文学シリーズ>は「久しぶりに百先生だけでいいか」と思っていたが、とても読みやすいので、他のものも読んでみたいなとおもう。
■寝坊をしてしまったので、ずいぶんと日の落ちかけた時刻になってしまったが神宮外苑の『銀杏祭り』に行ってきた。
銀杏の葉はだいぶ落ちていたけれど、それでもまだまだ残っている案配で、それもあってか、祭りの期日が来週まで延長されていた。黄色い絨毯が歩道橋から続いていた。ふかふかにあたたまった芋を喰いながら銀杏並木を歩いていると、気恥ずかしいくらいのもっともらしい秋を満喫できて、そういうべたな感じも心地の良いものだった。外苑の銀杏並木を歩くと、ついうっかり『愛という名のもとに』を想い出してしまう。そのドラマには何の想い入れもないのだが、それ以上にこの「並木」に何の想い入れもない。そう考えると自分のロマンスの無さに対して、それはそれでがっかりである。銀杏の先は、先端がとても尖っていた。何しろ見とれるくらい、ばかばかしいほどとても尖っているんだよなこれが。見上げると、銀杏の葉が少し揺れながら西日に照らされて、きらきら輝いていた。
■夕方になってKくんも加わりご飯を食べていたら、おもむろにMさんが鼻の中の異物感を訴えた。彼女はとても痛がっていた。それで、しばらく痛がっていたのだけれど、なにかの拍子に鼻の中からその異物が転げ出てきた。蛸の欠片だった。Mさんの鼻の中から蛸の欠片が出てきたので、おおいに笑った。Kくんは「それは女の子の鼻から出てくるサイズじゃないから痛いだろう」と言った。Mさんは痛みから開放されて、なにかすっきりしているように見えた。それから、蛸の欠片を指先で押してみて、その弾力をたしかめてみていた。


■あと、レコードショップ『CISCO』がいよいよ閉店してしまうので、最後に行ってきた。今後はオンラインショップのみの展開となるそうだ。無くなると聞いたとき「なんでなくすんだよ」と思いもしたが、よくよく考えてみれば自分も近ごろはめっきりオンラインショップを活用していた一人である。インターネットは確かに便利だ。でも、店に行って、店頭でみつける発見というものがあった。オンラインで捜す場合はワードなどで即座に検索できる利便性は確かにあるが、逆に、ワードやそういう括りでしか検索できない。店頭にはもう少し質の違う、物質的というか、インターネット上には無いある種の異なった括りがあって、そういうところからのオンラインでは決して買わない、店頭でなければ巡り会わないような発見があったのだ。高校生とか大学生の頃はよく通っていたな。あの頃はもうほぼレコードしか買っていなかった。バイトした金は全部レコードだった。殆どの商品が「70%引き」になっていたが、その中には高校生当時とかに血まなこになって探したレコードなども残っていた。むかしは欲しいレコードを探すのに本当に骨が入ったが、今はけっこう探せば手に入ってしまう。昔必死に探したはずの、そういうレコードがセール最後まで残っているのを見るのも、なんとも感慨深いものがあった。何枚かを買って店を出た。オンラインでは存在しない、文化の道しるべの一端がひっそりと息をひきとった。

■菊地成孔さんの次の著作予定らしい『服は何故、音楽を必要としているのか』という表題の本はとても気になる。
■情けないことに、僕はまた風邪を引いてしまった。

(18:59 12/11 2007)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。