2010年12月

竹内宛メール

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ファッションのマルチチュード

BFBの修了Show

明星大学造形芸術学部

文化ファッション大学院大学

BFGU夏季合宿



Marlene Dumasハイレッドセンターの本The Idiots Are Winning.

身体/カラダ/空だ
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Jan. 29 tue. 『バイアスに手を焼く日々』
館内
■演劇界の芥川賞にあたるところの岸田戯曲賞。それは審査員がそうそうたる顔ぶれだということに飽きたらず、審査に対する審査員方の姿勢にも見所がある。選評は、ジャンルを越えて、物つくりとしてあらためて考えなければいけないことを認識させてくれるのでいつも読みながら唸ってしまう。ファッションにもこういうのがあればいいのに。少なくとも日本のファッションのコンテストには見受けられない気がするし、だいたい審査員をする事自体もぜんぜん栄誉なことじゃなくなっちゃってるんだろうな。そしてそれは作り手にも大きな原因があるだろう。岸田戯曲賞はどちらかといえば毎日ファッション新人大賞に近いのかもしれない。それで先日、第52回岸田戯曲賞が発表されたのだが、じつは今回は五十嵐(み)が出演していた庭劇団ペニノの(タニノクロウさん)『笑顔の砦』もノミネートされていた。ペニノは観ていた感触から、多分獲れないだろうなと感じていたのだけど、残念ながらやっぱり獲れなくて、受賞は、五反田団(前田司郎さん)の『生きてるものはいないか』になった。五反田団は前回と前々回も観ていたので、これも観に行こうと思いながらうっかりしているうちに終わってしまいとても残念に思っていたが、今回の受賞をきっかけに再演をやるかもしれないからぜひ再演をやって欲しいとおもう。そしたら観に行こう。ニブロールの『青ノ鳥』も、行ったら時間が間に合わなくて入れなかったので、ここに残っているのをみるとやっぱり観とけばなよかったと残念におもう。去年は全然芝居を観てなかったけど、個人的にはサンプルの『カロリーの消費』なんかもノミネートされるんじゃないかと思っていた。ちなみに、庭劇団ペニノ『笑顔の砦』に出ていた五十嵐(み)は、今まで観てきた中では一番、そのキャラクターが生かさされていて良かった。これからもそういう役に出会えればいいとなとおもう。これからも頑張ってほしいものだ。

■どんどん作業しなければならないんだけどな。他のことも含めてあれこれ決めなければならないことばかりで頭がたちいかなくなる。もともと一つのことしか出来ないの性質なのに、といって誰かに救ってもらえることでもないのだ。一度に4つ5つも関係ないことを考えるのは無理がある。一つづつ終わらせていくしかないんだろう。それに加えてこの土壇場の時期になって、朝になると眠ってしまうというきわめてだめなサイクルが出来上がってしまっている。寝ないようにしていると厄介なことに、服ってなんだという根本的な部分のことを、そんなことばかり考えてしまう。いま考えることじゃないだろう。だから、ここしばらくはフィッシュマンズばかり聴きながら作業するようにしている。緩和だ。ゆらゆら頑張ろう。よーし、ゆらゆらだあ。

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(02:43 01/30 2008)

Jan. 25 fri. 『ギュウではなくウシという』
『赤いモデル』
■ある友人から、「大悟の言わんとしてることと、重なる気がする。」というメールとともに、ルネ・マグリットの《赤いモデル》という作品の画像が送られてきた。どうなんだろう。僕はマグリットって、作品は何度か直接見ているけれど、取り立てて強い印象を覚えたこともないので無意識レベルでしか把握していない。そういえば、以前横浜美術館でマグリットの絵に対する考察を用紙に書いたことがあったけれど、そのときどんなふうに書いたのかさえもまったく覚えてないくらいの認識ぶりだ。だから、直感的に《赤いモデル》を見てみて「うーん、よくわからないが、まあ違うんじゃないだろうか。というか、違うのかさえよく分からん。」としか思えないが、まずこの作品《赤いモデル》を友人がどのように考察しているのかもよく分からないうえに、そして、《赤いモデル》というこの作品自体も、まだぼんやりとしか頭の中で感じることができていない。そういえば、単純に同じくくりというわけではないが、ニコール・タラン・ヴァ・バンの作品のことも思い出した。あれ、これで名前が当ってるのかな。写真美術館かなにかで見たときに最初は興味を持って、注意深く観てみたが、これは自分の作品の内在するようなコトとは違うなと思った。どちらかというと、BFBで一緒だった廣瀬さんの方向性のニュアンスに近いのではないだろうかとおもった。僕はマグリットのこともよく認識していないのでまだまだ全然知らないから、また今度あらためてよく観てみよう。それでまた友人が僕の作品をどのような眼差しで認識しているのかということも推し量ることができるかもしれないし、そういうところからあらためて自分の作品についても考えることが出来る。合ってるのか間違っているかに関わらず、そういうことを試しにでも言ってくれるのはとても為になる。

■昨日今日とCADのデータを修正して、ひととおりトアルを裁断できた。いまだにトアルだが。ここ三日間くらいCADをいじくっていたから、だいぶ使えるようになってきた。慣れてしまえば、あんなに倦厭していたのが莫迦みたく思えて来る。それと同時に色々な可能性も膨らんでくる。量産とかそういうのを抜きにしてもCADの優位性というのは確かにある。そういうのが少しずつ分かってくるから、ハンドのときには考えていなかった展開の仕方も思いついたりする。しかし、今ごろ思いついてももう時間的に後の祭ではある。それでもまだまだ使えない部分も多々あるだろうから、もっと触って慣れてしまおう。
■もうひとつ昨日は教授陣への最終のプレゼンがあって、己の気の抜けようのせいでかなりぐだぐだだった制作の内容が、なんとか着地点を見出せそうな気がしてきたけれど、それは同時に制作体数を増やさなければならないという結果にもなってしまい、ひどく現実的な、提出日までの恐ろしさが具体性を伴なってたち現れたのである。

■昨年の暮れあたりから少し気になっていたのが、テレビで「松坂牛」のことを「マツザカウシ」と言っているのをよく耳にするようになった。松坂ではない銘柄のことも「~~ウシ」と言っていた。「ギュウ」ではなく「ウシ」だ。今ごろ急にいったいどうしたんだろうか。なにか、どこかの団体のそういう会議で、そういう呼び名に関する再考や決定がくだされているのだろうか。世の中わからないことばかりだ。

(03:03 01/26 2008)

Jan. 23 wed. 『あの決まり手はないだろう』
片岡球子
■片岡球子さんが亡くなったのを知ったのは、電車の中のとなりのおじさんが読んでいる新聞紙の上でだった。それで久しぶりに思い出した。大学生の頃、日本画を少々書いていた時があって、そういうときになにかの展覧会で強く印象に残った画家がいて、その人の名前が片岡球子さんだった。好きとか嫌いとか、そういうことをとび越えて、おもわず作家の名前を目に焼き付けてしまう行為をしてしまうことがあるだろう。その時もそうで、そのときのあの強い印象と同時に、忘れていたこととかも想い出した。片岡さん自身のことは、僕は全然詳しく知らないけれど、あらためて片岡さんの作品を想い出してみて、そういうことでまた想い出す、必要な、忘れちゃいけないことを思い出したし、そうか、もう1回作品を見に行きたいなとおもった。ご冥福をお祈りします。

■きのうの日記に「わからなくなってきました」という意味合いのことを書いてしまったから、そのことに対して意見のメールをくれたり、何人かの人が「大丈夫か」と話を聞いてくれたりしたのだが、そうやって気に掛けてくれることは本当にありがたいことだ。ただ、ちょっと僕の言い回しが悪かった。「わからなくなってきました」というのは、たとえば、試合が混沌としてきたときにアナウンサーが言う意味での「いよいよわからなくなってきました」というニュアンスのつもりで、それは良い意味での「わからなくなってきました」という使い方のつもりだったのだ。混沌とする状況が楽しいし、さらなるアイディアが何か浮かんでくるんじゃないかという意味での盛り上がりが僕の中では少なからずあって、むしろ即断してしまう隘路からの脱出というのかな。ただ、それが少し心配させてしまうような言い回しに受け取れるようにもなってしまい、それはとても申し訳ないとおもった。へんな言い回しには気を付けないとな。でもおかげでまた再考する言い機会になったのでとてもよかった。災い転じて「服」と成すか。

■それで、昨日は寝ようと寝ようと思いながら全然寝られなくて、そんなときにかぎってNHKで『大相撲全取り組み』(22日の模様)が始まってしまったものだから、たまらず観てしまったが、そのまま朝になってしまった。その中で、なんとも納得いかなかったのが、時天空の決まり手「けたぐり」だ。あれでいいのか、時天空。あんなので。勝ち名乗りを上げていいのかと。あと、普天王と黒海の取り組みが、四つになったときにふたりとも同じ体勢になって見合ったのだが、その様子がなんとも可愛らしかった。そして安馬だ。前半戦いまいち振るわなかった安馬ではあるが、ここ一番でたいした仕事(白鳳に土を付けた)をやってのけた。たいしたものだよ。

■今日中にCAMで一気に裁断出来ると思っていたのだが、データに不備があって、僕の不徳のいたす所なんだけれど全然ままならず、先生に大変迷惑をかけてしまった。それにもかかわらず遅くまで残って教えてくれた先生にはただただ感謝するしかありません。そういうことへの報いとしても修了作品は頑張らなければいけないんだよな、頑張らねばな。
■そういえば今さらだけど、なまはげ。やっぱりやっちゃってたなあ。



(01:57 01/24 2008)

Jan. 22 tue. 『だんだんわからなくなってきました』
金沢21世紀美術館
■写真はまったく関係ないけれど、金沢21世紀美術館外観、夏の陣だ。画素数の高いカメラが欲しいが、いまはそれよりも顕微鏡、である。しかしさらにそれより、がある。

■エスモードのMくんからメールで修了展の案内を頂いて、その中に「ほぼ作品も完成に近づいてます。」などと書いてあったものだから吃驚してしまったのは、エスモードと文化ファッション大学院はほぼ同じ時期に修了展があるのにも係わらず、僕の方はいまだに、一向に先が見えないという自体に陥っているからである。どうなんだろうかこの差は。
■まず、なにが不味いかというと修了展に対するやる気が出てこない、というのがある。装苑賞の作品と同じことなので自分の中での発奮材料が、いかんせんない。でも、やらなければならないんだよ、ということも十分に分かっているのだが、なにせ、心が次の作品に飛んでしまっている、というのがある。次の作品というのは、来年、というか来シーズンに作ろうと思っている作品のことだけれど、それがまた厄介なことに2つの別のプランがあってそのどちらを作るべきか、というのがある。取り組むにあたってどちらにも醍醐味を感じているが、そのどちらも1年はかかってしまってうようなプランなので同時進行は困難を極める。さらに作品のスタンスや形態が、学校に認められるか、という懸念もある。でも、認められない方がやる気が増す、というのもある。ああそうだ、来シーズンの前に装苑賞の決勝の作品を作り直さなければならないというのもあるんだった。すっかり忘れていた。しかし、そんな来年のことばかり考えていられない、いまの現状があるのだ。それを一番忘れてはいけないだろうが。そろそろ本当に大変なことになってしまうので、いやもうなっているが、なるべくそのことも日記に書いて、自分へのプレッシャーにしていかなければだめだ。警報を鳴らさなければならない。
■それで、今日はハンドで書いたパターン作図をCAD(コンピュータ設計支援システム)にスキャンしてインストール(なんかルー大柴みたいになってしまっている)、つまり取り込んだんだけど、あまりにも便利すぎてまた吃驚してしまった。すごいねCADというやつは。今さらだけども、あまりの速度と利便性に仰天してしまった。教室が閉まる前にあわててプロッターでパターンを出力したんだけれど、よくよく聞いてみたら明日の午前中にはCAM(自動裁断機)で裁断できるというから、パターンをきょう持って帰る必要もなくて、あらためてコンピュータの凄さに驚いたものだ。パターンが90パーツほどはあるので、CAMはとても助かる。テクノロジーコースのくせに未だにCADで驚いているあたりが、己の進歩のなさを物語っている。みんなに助けてもらっています。
■まだはっきりと、いや微塵も、CADの威力を把握していない。でも、僕はハンドでこれからも書くだろうと思う。一番の原因は身体的に把握しづらいのと、消した跡が下に残らないからだ。きれいさっぱり消えてしまうと、頭の中の記憶までもがきれいさっぱり消えてしまう。じっさい、昔書いたハンドは見れば思い出せるけれど、昔書いたCADは見ても思い出せない。僕にとって消した跡というのはとても大事で、「迷い線」というのかな、あれが無くなってしまうと推敲もままならなくなってしまうのだ。莫迦なのかもしれない、というのもある。
■そうでなくても、3月の末の方に企画展をやることになって、それについて色々考えなければならないことがある。そのことで毎日ああだこうだと想像しながら悩んでしまう。想像しすぎて、だんだんわからなくなってきてしまったりする。しかもそれについてまだ何も書いてなかった。そのことも書きながら考えていかなければいけない。
■本当は、きょうは『爆笑問題のニッポンの教養』のことを書こうと思ったのに、それについてまったく触れられなかった。しかしその前に、まずは修了制作を忘れてはならない。だから明日こそ早く起きよう。というわけで、きょうはもう寝よう。

(02:03 01/23 2008)

Jan. 17 thu. 『あれやこれや』
イリヤ・カヴァコフの作品
■いろいろとメールを頂いて嬉しかったのは、それがおとといの15日に誕生日を迎えたからだ。またひとつ歳を取った。むかしから、自分自身では誕生日というものに対してまるで実感が湧かないというのが正直なところ。だから、メールを頂いたり、そういうことをまわりの人が言ってくれたり祝ってくれたりすることが、ただたんに嬉しいものであるということを越えて、ひとつの実感の手掛かりになるというか、渇を入れてもらっているような気分になる。「誕生日おめでとう」という言葉は、なんとなく、「頑張れ、頑張れ」と言われているような気がするのだ。そう言われることが、もっと頑張らなければいけないなという励みにもなる。だから、とても感謝しているのです。本当にありがとうございます。僕に今できることといえば、あるいはしなければならないと感じていることは勉強なので、でもこれがまた学校の勉強じゃないから少し厄介なんだけれど、まあそういう自分に出来ることの精進を頑張ろうと思います。それで、自分が出来ることをするように、自分の求めているものを掴む手掛かりに少しでも迫れるように。
■1月15日といえば以前は成人の日だったけれど、現在はとくになんでもない日になってしまっている。それが少しさびしい。あえていうならば現在は、ウィキペディアの日か。しかし、去年なにかの席でそのことを言ったら妙に場がしらっとしてしまったので、取り立てて「ウィキペディアの日ですよ」と言うのは辞めようとその時には思ったものだ。ちなみに僕の知っている限りでは、マーティン・ルーサー・キング牧師や石井聰亙、町田康なんかが同じ生まれ日の人にいる。だからなんだってことは何もないんだけれど。ああそうだ、あれだコシノヒロコさんも同じだった。付け足してはみたがどうでもいい、むだな情報だ。
■誕生日といえばプレゼント。だからといって無心するつもりじゃないんだけれど、最近顕微鏡を欲しい熱が高まっている。色々なものを覗きたい。適当に、そこいら辺りに落ちているものを覗いてみるだけでだいぶ楽しめるのではないだろうか。頭髪と髭では何が違うのだろうか。髭と陰毛ではどうか。そんなことを考えてみるだけでとてもわくわく度が増す。お金がないので当分は買えないから我慢しなければ。でも、これさえあれば無駄使いもぐっと減る気もする。うーん、やっぱり欲しい。服を売って買うべきかもしれない。
■いろいろ書こうと思いながら今やるべき事が作業優先なので、ずるずると書かないでいると、書こうと思っていたことをどんどん忘れていってしまう。おまけに、観に行こうと思っていたものもどんどん終わっていってしまう。最近演劇も全然観に行ってない。野田MAP『キル』も早くしないと終わってしまいそうだが、観に行きたいけど行けるかどうか分からない。ピピロッティ・リスト『からから』展も終わってしまうとおもったが、どうやら2月上旬まではやっているようなので、そこでまた少し安心してしまう辺りが、行きはぐるんじゃないかという予感をもさせる。「これを見よう」と思っていたものは、だいたいがもう一度思いだしたときにはとっくに終わってしまっている、というのが世の常である。なんなんだろうかああいうメカニズムって。でもまあ、今は作らなければいけないので、そっちに専念しなければならない。そして作りながら考えるということをしていこう。

■友人Tが『バーニングマン』というのに行こうと誘ってくるのだが、何のことなのかさっぱりよく分からない。どうもアート・フェスティバルらしいのだけれど、読んでみてもやっぱりいまいちよく分からない。だいたい、注意書きのところに

・毎年、死者・負傷者がでています。注意していないと死にます。

と書いてある。大丈夫か。いや、大丈夫なわけがないだろう。なにしろ、注意していなければうっかり死んでしまうのだから。ちょっと、これはこれで凄いなとべつの興味が湧いてしまう。一度BSで放送しているものを見てみなければな。

■この前日記に「くだらない話をする場」ということについて少し書いてから何日か後の新聞を読んでいて見つけたのが哲学カフェというものだ。こういうのが関西にはあるらしい。そういえば東京にも、行ってみたいなと思いながらまだ一度も行ったことがない『ぺちゃくちゃナイト』があった。これはだらだらと話をしている場所ではないのかもしれないけれど、そういう、答えの容易に出ない討論や話の場っていうのはやっぱり大切だと思う。そういえば、テレビなんかも最近は答えの出るような番組ばかりだし。何かを見て知ることよりも、そこから考えることの方がよっぽど大切なんだということが蔑ろにされている番組がどうも多いように思う。

■写真は8月新潟にて、大地の芸術祭のイリヤ・カヴァコフの作品。田植えに関する一年の行いが日本語で記されている。8月の旅行の際の、見たものを全然日記に書いていなかったのでこれからすこしづつ、小出しにしていこうとおもう。

(23:57 01/17 2008)

Jan. 08 tue. 『やってしまったり』
■前回書いた日記は、おもいっきり途中だというのにもかかわらず、そのまま出てしまっていた。気付かなかった。しかも何が言いたいのかさっぱり分からない、まるでまとまっていないという、きわめてだめな状態だ。ああ、恥ずかしい。きっと寝ぼけていたんだろう。寝ぼけているときは本当にろくなことが無い。あべこべに終わっていたので一応書き直したけれど、それでも気になっている諸問題を包括しきれていないし、何の話だかよく分からない。というか、この時点でまた意味の分からない言い訳を書き連ねているんだから、これがまた仕方がない。

■何年か前に「これからは年賀状を出そう、年賀状の時代だ。」と決意してから2年と持続できなかったなんとも情けない私ですが、それでも今年も送ってくれる方がいて、頂ければ頂いたで、やっぱりもらうのは嬉しいものだと実感するこの頃です。ありがとうございます。なんとか来年からまた再開したいと思う。年賀状を頂いた方にまだ返していないので、返事を書かなければ。今週中には書こう。バハマよりの使者Kさんはとてもアグレッシヴすぎて、勉強させてもらいました。
■作品制作の本縫いに使用する生地が決まらなくて焦ってしまうが、焦っているのに決めあぐねている自分の呑気加減に甚だ苛立たしさを覚える。なんとか今日明日中に、決定しなければ。いよいよ時間がない。

(02:47 01/07 2008)

Jan. 03 thu. 『くだらない話をする場所』
明治神宮
■というわけで、Mさんとともに明治神宮に行ってきた。朝から行こうと思っていたのにすっかり昼過ぎになってしまった。それというのも、僕が寝坊をしてしまったからで、予定よりも大幅に遅れてしまったのだ。申し訳ないことをした。朝なら空いていただろうに。やっぱり明治神宮は午前中の早い時間帯にかぎる。大みそ日の明治神宮にくらべれば大したことは無いけれど、それでも昼過ぎから参拝に行ったものだから相変わらずの群集で賑わっていた。カメラを持っていなかったので誰かの写真を拝借させてもらっていますが、まさにこんな雰囲気だ。なかなか前の方が詰まっていて進まない。そんな状況のなか、前線では賽銭を大量にばらまくおばさんがいた。無数の一円玉がきらきらと空に舞った。最初はその迫力に歓声が上がっていたけれど、何度も投げるので、そのうち周囲もあきれ声に変わっていた。家にある小銭という小銭をかき集めてきたのだろうか。あるいは、この日のために貯めていたのかもしれない。おばさんは雑踏の中をものともせずに、ぐいと掴んだ小銭を放り投げ続けた。「これがあたしの強さよ」と言わんばかりに。参拝を終えておみくじを引くと『過ぎ去ったことをくよくよせず毎日を大切に生きろ』という意味のことが書いてあった。はいと心の中で言いたいところだったけれど、過ぎ去った過去をくよくよと考え続けることも大事なんだぞ、とも思った。心の中で。
■そのあと新宿で、服をたとえばどう作るかについて話し合っていて、そういう話は本当にいちいち楽しい。そしてプロセッコは美味しい。誰が、どのようなまなざしで、その物事に取り組んでいるのかということを知ることは、知らない扉を開けるような間隔がある。やっぱり他人が何を考えているのかを聞くというのは愉快きわまりないので、今年も聞きまくろうとおもう。
■それからつつじヶ丘のMくんと調布へ行き、3月の計画の為の話をした。そのときに入ってしまった飲み屋が、人っ子一人いないようなじわっとしたしびれたところで、それはいい具合にあやしかった。どれにしようか壁に貼ってある『お品書き』をみていると、「こっちを見て」と店の女将さんが手書きの黒板の方を促した。少ないうえにほとんど煮込みばかりの、日にちの持つようなメニューが並んでいた。その中から『馬スジの煮込み』を頼んだ。話しているうちに興奮してきて僕たちの、というか、ほとんど僕の声だけなんだけど、会話が大きくなってしまったのだろうか、女将さんはテレビの音量を上げた。その無言のプレッシャーがおもしろかった。Mくんがトイレにいって席を外しているあいだ女将さんと二人きり、なにか気まずい緊張感があったので僕は「馬スジの煮込みなんて、ずいぶんと珍しいですね。」と興味深げに訊ねてみたが女将さんは、「まあね」とずいぶんとつれない返答であった。「珍しさ」がとくに売りではないようだ。もう一人のMくんも来たので河岸を変えて、それから三人でまた飲んだ。仕事の話を聞いたりくだらない話などをしていたその中で、勢いのある街は何処かという話題になって、勢いのある街に存在する一つの理由として、若者の存在も不可欠だという話になった。
■お金がなくて暇を持て余している若者が、抱えている夢や衝動を、議論の場で交錯させ合いながら発生するエネルギーが街の勢いに結びついてくる。そういうエネルギーの運動が、街のメカニズムを形成する要因の一つとして絶対にあると思う。時代を振り返ってみれば、たとえば60年代の新宿ならば、かつて、それがジャズ喫茶という「場」として存在していたりした。いま、新宿にそんな場所はあるんだろうか。お金が無くても集えるような、くだらない話や議論を延々と交わせるような場所がいまは何処かにあるんだろうか。少なくとも僕は、そういう「場」をいま通っている新宿で思い当たる節がない。珈琲一杯で居座れる場所が何処にあるだろうか。飲み屋も喫茶店も、どこだって長居していると高くつく。
■自分の周りだけかもしれないが、僕の感じていることとして、最近若い人たちが無駄に熱い議論を交わすような機会をあまり見ない。いや、たまには見るか。だから、そういう話をするのが面倒だというわけでもなさそうだ。たまに見るけれど、それが熟成されるところまで至っていない。忙しいという理由もあるだろう。人と人が議論を交わす時、お互いの心を解きほどいていく時間というのがそれなりに必要だと思う。僕が大学生の頃は、食堂や作業部屋で、或いは多摩川の辺で焚き火をしながらああでもないこうでもないというような話をもっとしていたような記憶がある。だからといって、答えなんか出てこないんだけど、そこからまた考えることがあった。合理的ではないかもしれないけれどそこからもたらされる事があった。日常の中の時間をかけた対話というのかな。そこから<個>の強さというものも鍛えられたような気もする。いまはみんなやる事がいっぱいあるので、忙しいのかもしれないけれど、そういうことも必要なんじゃないかともたまに思う。

(03:59 01/05 2008)

Jan. 01 tue. 『あけましておめでとうございます。』
2008謹賀新年

 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。
去年もやはり一番は、人から学ぶことが多くありました。今年も様々な人から多くを学び、発見し、そして精進していきたいと思います。みなさんに助けてもらいながら、私もどなた様かの、何らかのお役に立てれば幸いに思います。というか、そうできるように日々を頑張ります。
(写真は8月、金沢21世紀美術館内ジェームズ・タレル『タレルの部屋』にて)

■大みそかは、ASHITAKARAを観ながら70度の酒を飲んだらへばってしまった。なので、早々に家に帰ってきたもので、今年はめずらしく実家にて正月らしいのんびりとした一日を過ごした。従姉妹や甥や弟の奥さんご家族方も来られて、おせち料理やお屠蘇を頂いたのは久しぶりだが、こういうのは正月気分が出ていいものだとあらためて思う。ここ数年は、正月感をあまり感じられない年が続いていたのだ。明けて早々に神社には行ったものの、それでもやっぱりまだまだ晴れ晴れとした新鮮な気持ちがわいてこないので、あらためて明治神宮に参拝に行こう。おみくじだってまだ引いてない。それにしても吉祥寺の神社は、なんだってあんなに若者が多いのだろうか。やっぱり明治神宮だ。それで課題があるからって外に出なければだめだ。気持ちのメリハリだってつかないのだから。

(01:00 01/02 2008)

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