2010年12月

竹内宛メール

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ファッションのマルチチュード

BFBの修了Show

明星大学造形芸術学部

文化ファッション大学院大学

BFGU夏季合宿



Marlene Dumasハイレッドセンターの本The Idiots Are Winning.

身体/カラダ/空だ
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Apr. 25 fri. 『おわらない』

■きょうは学校で避難訓練があった。教室に"訓練の手引きの放送"が流れると、それまで黙々とドレーピングをしていたKT先生がおもむろに"誘導旗"を取り出して、いまやおそしと避難のキッカケが鳴り響くのを待ち構えた。だけれども、いっこうに鳴らないサイレンを待ちわびて、待ち切れずにソワソワして軽く盛り上がっている様子が可笑しかった。あんまり早くに飛び出すのもどうだろうかと、外の様子も伺っていた。さすが分かってらっしゃる。こういうのって、面倒くさいと思っていると本当につまらないだけだけど、自分で盛り上がれば少しは楽しいイベントになる。受け止め方でどうにでもなるのだったら、それは人生楽しい方が素晴らしい。
■装苑が終わったと思ったら、やらなければならないことが沢山あって黙々とそれをこなしている。地味に忙しい。ちょっとは一息つけるかなと思っていたけど、次に来る津波に向けての下準備が肝要なのでどんどんきちんとこなしていかなければならない。とくに事務作業の類いは骨が折れるが、それこそ大事なことばかりなので、かぁ~めんどぅくせぇなとは言わずにこつこつやっていこう。
■僕の作品は何の賞もなかったけれど、きょう良い話を聞けたので嬉しかった。嬉しいというよりか、気を引き締める気持ち。中山さんが大賞を取ったので、それはほんとうに嬉しかった。装苑賞のことも書いておきたいのでまた後日に必ず書こう。
■そういえば。以前にMさんが見てみたいといっていたやつの動画があった。なんだかなごむんだよな。これを見たら、生で久々に見たいなとおもった。身体表現サークル。




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(23:14 04/25 2008)

Apr. 15 tue. 『コンビニで桜をみる』

コンビニで桜を見た
■そういえば今年は桜を見なかった。いつだったか、夜中のコンビニにコピーをとりに行ったときに、見上げたら咲いていたくらい。曇り空の桜が好き。曇った日の、雲の欠片ひとつ見えないブルーグレーの曇り空で、あのワントーンの中に咲く桜がいちばん好きだ。心がすうっとする。

■装苑賞の直しをしていて、確信していることだが、今回の作品は何も賞を取らないだろう。謙遜でも自虐でもなく、客観的に見てそうおもう。あまりにも普通なんだよな、見た目が。普通過ぎる。シルエットにボリュームも無いし、きわめて平凡なのだ。だから、人に「期待しているよ」と言われると本当に申し訳ない気持ちになる。だからといって、立ち直ってコンセプトを考えれば、ボリュームを入れることは間違っているし、そもそも着用者に対する問い掛けを行為する衣服(皺を見せるのではなく、着たときに生じる身体へ負荷を掛けるのが目的)なうえに、それに日常性を持たせると、より一層見た目が普通にみえてしまうという関係性が生じている。そういう観点からみれば何パーツあったってあまり意味がない。というか、そもそも決勝まで進むべき服じゃない。モデルが着て、華やかに舞台を歩く服じゃない。もっと生々しくて、せっぱつまったものだ。だから、そんなものが舞台を歩いても、見せられる側も困るだろうとおもう。闊歩されてもな。同時に、そんなモデルも可哀想だ。だから決勝に進んでしまったのが不思議な服だ。そんなわけで決勝に存在していることがかなり奇蹟的だ。運が良いのか悪いのか、あべこべでさっぱりよく分からない。そんな服をコンテストに出す事自体が間違っていたんだろうなともおもう。そういうのをあらためて今日確信して、だから力も抜けたりもするけれど、装苑賞では意味無いかもしれないけれど、それでも生みの親として、最後までなんとか頑張りたいとおもう日々です。

■点けたり消したりする聖火の聖性ってなんだろうか、とぼんやり疑問に思っている人は、世の中の大半じゃないだろうか。このこととあまり関係ない事が書いてあったあるページに「形態が厳密に機能に従うとき、形態は死んだような効率性や心無い利便性をもたらす。」とあったけれども、まさにそうだ。山岳隊を組んでエベレストにも登頂するらしいが、その費用だけで3億円かかっているらしい。聖火も合理的で科学的な機械でしかないのだろうか。山岳隊を組んでエベレストまで火を消しに行く人も現れるのだろうか。そのくらいの聖性があるのだろうか。

(01:38 04/16 2008)

Apr. 14 mon. 『ただいま休憩中』

手のパターン
■18日を過ぎれば、ついに久しぶりに楽になるはずだと思いながら作業している。待ち遠しい18日である。頭が飽和している。装苑賞というものは一年かけてやっているんだなとおもうと、すごく長い。とてもへんなコンテストだ。要所できちんと仕上げていない自分の責任もあるけれど、気持ちの持久力がとても大変だ。もうほかの違うことがしたい気持ちで頭がいっぱいなところをこらえながら、でもたぶん18日の提出期限ギリギリまでやるのであろう。どんどんとパーツ数が増えているし。一着なんか上着だけで100パーツになってしまった。これは社会性も無い。まだ疲れたら眠れてしまう分、心にゆとりがあるけれど、もうあとはほとんど寝ないでやるしかない。頑張らねば。
■うっかり電車を乗り過ごす頻度が高すぎて、2時間歩いて家に帰ったりとかしているが、たまのリフレッシュのようでもありわりと楽しい。知らない道が楽しい。知らない道を進むのは愉快だ。いつも、いいかげんに歩きつづけても、結局知っている道に出てしまう。それがつまらない。最後まで知らない道で家に帰れる方法を編み出したい。
■マーガレット・レン・タンを聴きながら作業していたら頭がおかしくなってきた。そういえば、横浜トリエンナーレ2008に小杉武久が出るんだってな。
(18:26 04/14 2008)

Apr. 10 thu. 『荷物の置き場』

赤瀬川原平(押収品 ―― カバン)
■学校に荷物があって、その量はとんでもなく多い。新学期は始まったばかりだというのに、早々から机の上はもう荷物でいっぱいなのだ。これではもちろん作業などできやしない。いや、机が使えないから必然的にCADを使わざるおえないので、これはもしかしたら好都合だぞ、と受け止めてみるも、そんなものぐさな理由でCADを使用するのもどうかとおもう。だいたい普段、フィジカル的な問題でCADに対して疑問を持っているくせに、「机がきたないから」だなんて、ある意味ではフィジカルだが、そんないい加減な理由では示しがつかないだろう。机だけならまだいいが、引出しはもちろんのこと、机の下にも大きな袋がいくつかある。クリエーション専攻のコンピュータ室にもダンボール3箱を置きっ放しにしているが、これはそろそろBZ先生に怒られそうなので、どこかに移動しなければならない。そうでなくとも一人一個のロッカーを4個分せしめていた分の荷物も、今日行ってみると、事務局に撤去されていた。その荷物も返却されて、大きな袋を抱えながら校内をふらふらとさ迷う。こんなに沢山の荷物をいったい何処に置けばいいんだと途方に暮れながらふらふら歩くさまは、まるで乞食のようにもおもう。それゴミじゃないの、捨てればいいじゃないかと言われもするが、ゴミはほとんど無いんだよ、と言い返す。そういう時に思い返されるのが、よく夕方などにテレビでやっているゴミ屋敷の住人の「全部ゴミじゃない!」という、あの痛々しいほどに盲目な主張である。というか、「ほとんど」とか言っている時点で、そのゴミではないという確信に対して自身そうとう心許ない。
■それを僕は「荷物」だと呼称しているが、ここで出てくる問題が「荷物ってなにか」ということでもある。手にしている物はいったいなんなんだろうか。念のためその言葉をあらためて確認してみると、まず最初に

1・ 運搬・運送する品物。

とある。そうだ、そもそも「荷物」とは、運んだり送ったりするする物のことを指すんじゃないか。だとすれば、この、いま荷物を運んでいる、一見ふらふらして見えるようなこの運動状態こそが、こいつらの、荷物がまさに「荷物」たらんとして一番輝いている瞬間なのだといえるかもしれない。この状況こそが、荷物のピークタイムだ。しかし、たとえば「旅行の荷物の用意」とかいうように、もともと何かの予定のために準備するもので、漠然とした、確固たる予定も無いに準備している品物というのは、本来的に「荷物」などと呼ばないんじゃないかという疑問も湧き上がってくる。次をみると、

2 ・重荷に感じられるもの。負担となるもの。

とある。そうか、負担なもの、置き場所に困っているものは、つまりいま僕が持て余しているこの品物たちは、れっきとした「荷物」なんだ。そうか、手にしているものはゴミなんかじゃなくて「荷物なんだ」。大丈夫だ、いいぞいいぞ、と声を高らかにして自信を持って言いたいところだが、ちょっと待てと急ブレーキを掛ける存在なのが、このあとに続く言葉であった。

お荷物。「とんだ―をしょいこむ」「皆のお―にはなりたくない」

「お荷物」である。「荷物」と同時に出てくる、この「お荷物」という言葉に何かいやな予感が働く。荷物をしょいこむまではいいが、これは、その荷物をしょいこんでいる己に対して働きかけてくる疑念である。皆が持て余している存在としての「お荷物」といえば、それはもしかしたら己なのではないかという、そういう懸念は否めない。授業を受ける時も今年からはお誕生日席だしな。「お荷物」が「荷物」を持って途方に暮れているなんて、そんなおもしろすぎる状況を自分でおもしろいとか言っている場合ではない。世間のお荷物にならないように今年こそは頑張らねば、いよいよ身の置き場所がなくなってしまう。
■そんな話はおいておいて、問題は荷物の置き場だ。そして不思議なのが、みんな荷物が少ないという点だ。他の皆だって沢山あるはずなのに机がとてもすっきりとしている。これはいったいぜんたいどういうことか。これはとても妖しいことだとにらんでいて、どこに隠してるのかと訊ねてみるけれど、「隠してなんかないよ」と言い張って教えてくれない。入念に答えすらも隠す始末だ。まあいい。ともかく、どこか隠す良い場所はないかと、学校に行くたびに校内を探索している。だからもし、ある日突然に僕の周りがすっきりしていたら、それはどこかに秘密の場所を発見したということであり「お、だいちゃん、見つけたな」と思ってくれて間違いはない。

■今年は8名入学するはずの新入生だったが、蓋を開けてみると7名しかいなかった。1名は、直前にビザの関係で来れなくなったという。くわしいことは分からないけれど、ふつうそういうのは事前にクリアしてあるべき事柄じゃないのか。まさか、ネグリ氏じゃあるまいし。来日できなくなったので急遽入学を見送るという。見送るってな。そんな気軽なものなんだろうか入学っていうやつは。

■CDGのJ氏が来週学校に来る。今年は例年になくはやい来校だ。

(02:21 04/11 2008)

Apr. 09 wed. 『3月29日のこと』

合同批評会
■本郷三丁目で降りて、東京大学の安田講堂へ。アントニオ・ネグリ氏講演会 「新たなるコモンウェルスを求めて」を聴きに行く。新聞でも報じられたように、ネグリ氏が来日することが出来ないという残念なことになってしまったけれど、逆にそのことで盛り上がったりするのかなとかそんな雰囲気も予想しながら行ってみた。けっきょく、ネグリ氏は国際電話で通信することで参加するという形に収まって、とちゅう罵声の野次が飛びちょっとだけ中断もしたけれど、プログラムは普通に進行していった。内容はというと、満足な気分では全然なかったけれど、それでも幾分かは収穫はある。繰り返し同じことを見直すことでそれでも幾分かはマルチチュードの様態をイメージしてみるが、マルチチュードという言葉がいったいなんであるのかということへの確信はなかなか難しい。それは、「身体で反応する」みたいなことを姜尚中さんが言われていたような気がするけれども、「完全によく分かってないんだけど、とにかく直感的に感じた」その事柄について、この場自体が、それぞれが何度も何度もあらためて再考しているという状態であったような気がする。 マルチチュードという、連系、特異性、違ってよい権利ということは理想だけれど、じっさい自分たちで実行してみるとすごく困難なことがあるし、矛盾が発生しているような気分がしてしまう状況は多々ある。サンディカニストについての話やコモンセッターについて話をそこにどう結びつけて考えていけるのかも聴いている限りではあまりよく分からなかった。あと、個人的にもっとよく把握してみなければいけない部分として72年以降の、弱者や貧者、貧国やワーキングプアーという労働力の生性体がその発言がないことで死んでしまっているというくだりだ。そしてそれが埋め込まれた常識だということについて。上野さんが誰かの言葉として言われていた、「69年は、何か言うことがかっこいい。72年は、何も言わないことがかっこいい。そして現在は、何か言わなきゃやばい」という状況だという部分は、身近に考えればとても納得できるし分かりやすいんけれど、それをもっとグローバルに捉えようとしたときに、いまいち頭の中がぼやけてしまって分からなくなってしまう。だからそこから先、未来についてもなんとなく不明瞭な領域がとても多くなってしまう。うーん。宿題がたくさんある。アンデパンダンに近いニュアンスで感じた、貧者といったら失礼かもしないけれど、表現としてはニーズから弾き出された作品っていうのかな。ほんとうは生ある発言がそこにはあって、でもそれはいま現在死んでしまっていて渦巻いた状態の何かが存在している、と思うのだけども、その辺をもういちどきちんと整理してみて考える必要がある。だめだ、なんか頭がいたくなってきた。きょうはもうやめだ。

合同批評会
■そのまま芸大へ。足立正生さんの『幽閉者』を観に行った。まだこの映画を観ていなかったし、『実録あさま山荘への道程』を観る前に観ておきたかった。これが重かった。最後のシーンはとくに重たくて、ズーンとなりながら帰途につく。頭の中はぐるぐるだ。どの程度のドキュメント性があるのか、そしてそうだとしたら、どこから切り離されて物語は自立していくのか。あれこれ考えてみるけれども、自分の日本赤軍に対する知識も浅はか過ぎて何の根拠も無い予想しか立てられない。頭の中に考える材料が足りなさ過ぎる。そこから足立さんが、あの時代を生きた人が何を言おうとしているか、そういうことを受け取る為にももっと知らなければならないことが沢山あるんだということを痛感させられた。これはもっと時間をかけて考えていこうとおもう。エンディングの大友良英の曲がとても良かった。
■芸大のイベントの様子は到着がだいぶ夜遅くなってしまったのでいまいち雰囲気はつかめなかった。翌日の田中眠の踊りやそのほかのいくつかの映画(『山谷-やられたらやりかえせ』や『素人の乱』)も観たかったけれど、アンパンの青年合評会があったし、土日両方とも会場を留守にするわけにもいかなかったので行くのはあきらめるしかなかった。やっぱり根津とかあの辺りはいいな。歩いていて気持ちがよい。「松島」というラーメン屋で食べたかったのに、また行ったら準備中だった。このまえも準備中だった。うまく時間帯が噛み合わなくて、たいてい準備中なんだよなあそこは。
(03:57 04/10 2008)

Apr. 07 mon. 『3月22日のこと』
■桐山 襲さんの『未葬の時』を読む。久々に小説を読んだけど、小説から感じる身体感覚というのもまた独特なものがあるな。ちょっと忘れていた。くわえて、その世代の背景やそういったものの身体感覚も感じることができ、そういうものに触れることでまた生活も豊になるな。そこにある物語性というものは身体感覚から伝わってくる。そういうものを僕も、今年は作りたかったんだ。それもちょっと忘れていた。桐山さんは1949年生まれなので、アンデパンダン展で会話を交えた方たちときわめて近い世代だといえるだろう。前後するかもしれないがアンデパンダン展のことも覚えていることからでもちょっとづつ書いてみる。3月22日(土曜日)のこと。

合同批評会
■この日は朝からいろいろあった。10時から初出品者の合評会というのがあったのだが、朝纏めていたものがあってちょっと遅れてしまった。それでいそいで国立新美術館(以下:新美)に駆けつけてなんとか合流して、他の方々の作品を見ながら色々な見解の批評を聴き、或いはときおりこちらからも尋ね、ほーうと思いながら絵画作品を順に見て歩いた。自分たちの作品のプレゼンをしたかったのだが、でもやはりなかなか時間はかかるもので一人づつの作品の批評はそれなりに長く、僕は次の予定があったので、プレゼンをしたかったけどすみませんがもう僕抜けます、と実行委員会の人に伝えた。すると実行委員会のおじさんは「竹内さんはここじゃないんだけど、了解しました。」と言われたので、なんだと思ったら、間違えて絵画の合評会に出ていた。本当は、となりの部屋のインスタレーションの合評会グループだったのだ。これじゃあいつまで待ったって自分の番など来やしない。呑気に絵画の構図や形態を聞き入っていた自分も自分だが、気付いているならばさっさと言ってくれてもいいじゃないかと思うのだが、責めるならばそれは自分自身しか見つからないのがまたもどかしい。「紅葉」はニュアンスが難しいから、曇りとか雨の背景の方が捉えやすいですよ。とかそんなことを論議している場合ではなかった。けっきょく意味の無いまま合評会をあとにした。
■絵画の合評会を見ていて感じたことは、世代が上に行くほど溌剌としている、という点だ。それは現実的か非現実的かという分け方をするとよくわからないのだが、パーソナルな出来事や内面性を掘り下げていくという作業が、若くなるに連れて自然と、あるいは物質的な環境との対話の要素が少なくなっているような気がした。世界自体を己で作るというか。というか、だからそんなに掘り下げてもいなくて表面を優しく撫でるような。上の世代の方のほうが大地に身を委ねて生きているという、生々しい身体感覚を得る。抗えないものを引き受けながら、その中で雄大に生きているような。若い方の作品はどちらかというと世界を作りたがる。それも大切なことだと思うけれど、それが外の世界とコミットしているのか。どういう関係性を作り出してそして、抗えないものにどう対応しているのだろうか。自分の胸にも手を当てて考えてみる。うまく整理できないけれど、世界の認識の違いというものがなにかすごく圧倒的に違うような印象を受けた。

オンワード本社
■正午に日本橋のオンワード本社へ。今年から東京ファッション戦略会議(JFW)が新人育成の為に支援をするというプログラムが起ち上がるらしく、たまたま僕もその権利に引っ掛かっていたので、必要書類を携えて面接に行った。具体的には「独立を前提とした者を、JFWが3年間支援をする」という内容で、それを面接のうえ決めるということだった。支援といってもお金は出ないということと、自分でブランドをやるということ。で、いったいぜんたいオンワードが何を企んでいるのだろうかということだ。なにか、そのへんが今いち怪しくて、「オンワードは東京都からこの事業を委託されて運営しているだけだからオンワードが何か企んでいるというようなことはありませんよ」というものの、企業が何の企みもなしに、たとえば慈善事業のようなことをするだろうか。話してみたが、そういうことを長期の時間軸で捉えているとも思えがたい。だいたい向こうも固まってない時点でこちらに話を振ってみて、こちらの様子を伺っている素振りしか見えないのだ。もともと僕自体がブランドを始める事が目標ではないし、いま始める気も当然無いわけで(※でもこの話が来てから、色々と考えてみたのも事実。それで、改めて自分がブランドをやりたいわけではないということを再確認した。)だから、僕はオンワードに対して、夢を語ってみた。

「ビジネスとしてだけで判断しないでもっとファッションを文化としても認識する努力をして欲しい。だからそういう活動にも目を向けて、支援して欲しいです。」

そういう意味のことを、例えば、東京都が支援している演劇やダンスにも結びつけて言ってみたのだけれど、そういうことに対しては全くもって興味を示していないようだった。話合いの中で、やはりビジネスライクにしか考えていないんだろうなと思った。もっと広い視野、長い時間軸で育てていかないと日本のファッションの土壌は産業だけで終わってしまうのではないかという懸念を感じてしまう。それにどのように時間軸を捉えるかということは今後のビジネスの面でいっても有効なのではないかと思ってしまうのだが。「速度」だけでは育めない、そこからこぼれ落ちる事柄についても、もっとよく考えてみる必要があるということをもっと上手にいえるように勉強しないといけないと、つくづく感じる春である。

シンポジウム
■オンワードでの話し合いが予想以上に押してしまい、あわてて新美へ戻る。少し遅れてしまったけれど、先に出席していた小沼くんと大久保さんとともにアンデパンダン展のシンポジウム「時代の表現―生きる証」に参加する。このシンポジウムは討論が出来ると聞いていたのだが、事前に決められたパネラーが己の作品を過去から説明していくというかなり退屈なもので、とても語り合うような場にはなっていなかった。それは他の出席者も感じていたのだろう。こんな意味のない話合いはやめてもっと有意義な意見の交換をしよう、という意味の発言が参加者から発せられた。それに端を発して会場全体が徐々にヒートアップした。制作論ではなくもっと生きた話をしようなどの声が聞かれるなか、あらかじめ決められていた筋通りに進めようとする司会者と上手く噛みあわない状況が続き、なんとも重苦しい雰囲気になった。そんなときにひとりの中年の方が「国立新美術館の建設には、いったいどれくらいの費用がかかっているんですか」という発言があり、それは今話している内容とまるで関係がなかったので、何かとても示唆めいた発言なのかとおもんばかり、あるいは、話題を少しずらすことで場を和やかにする行為なのかとか推し量ってみるものの、到底思えず、さらに会場は混迷をきわめた様相になってしまった。作品に関する良い悪いはあるけれど、みんな一生懸命に何かを表現しようとしていて、そこに打算的な部分がみえないからよけい、作品は混沌とした状態なんだろうとおもうし、この話し合いもまさにそれがたち現れた状態なのではないのかと思いもした。せっかくだったから僕も少し発言して、世代間の対話ついて少し言ってみた。美術評論家の萬木康博さんが「個々でもしっかりできてこそ、こういう、集団での展示というものは生きてくるのではないか」というようなことを仰っていて、シンポジウムが終わったあとに、萬木さんが僕たちのブースに来て「状態としてのこのような運動」について良いことを言ってくれた。あとは、今現在に限って言えば新しいものが出てくる場としては難しいアンデパンダン展というものが存在する意義といえばやはり、先ほど君が言っていた世代間の対話の場、そういうものが唯一の大きな要素なのではないかということを言っていた。だから「まんべんない世代の参加」がもっと必要だという話をした。

シンポジウム
■せっかく参加するならば、なるべく総ての会合には出席したいということで、大久保さんを道連れに懇親会にも出席して見ることにしたのだが、そういえば竹井くんが懇親会に出れると言っていたが来なかったのは、僕が連絡をしなかったからだろうかと今ふと思った。しかし懇親会、これが無駄に高い。だから最後の方に行けば安くしてもらえるんじゃないかとおもい大分おくれて行ったら、案の定そのまま入れてもらえた。しかし会話をする時間もなかった。もう食べものもほとんど何もなかったし、到着した途端なんだかよく分からないまま壇上に上がらせれ挨拶をさせられた。何を言えばいいのかよくわからなかったので、日々マスクをしていることの種明かしをしたが、あとでおじさんに「さっきのアレは言わなくていいよ」とダメ出しをされた。あとなにがあったかな。韓国から来ている女性の作家の歌がとても綺麗だったなということと、北海道から来ている方のアイヌ楽器(名称失念)の演奏が、チューニングかと思いきや既に始まっていて、時空が歪むようなメロディの演奏はなんだかよく分からないままに終了した。あれはたぶん誰もが困惑しただろう。その困惑を拭い去るように、皆がひときわ大きな拍手を送ったのが印象的であった。演奏者は満足そうな顔をしていた。日本美術会の十滝さんという方から「ほんとうは会員にしか配ってないけれど若いから特別に君にもこれをあげよう。」ともらった「美術運動」なる冊子だが、結局会期が終わるまでに都合4冊ももらった。ぜんぶ十滝さんから。
■二次会には顔を出してやっと、個人としての参加者と話をする機会があったが、一番印象に残ったのはある方の名刺に「日本共産党党員」と堂々と書いてあって、なにかそれ見るだけで兇々しさを感じてしまう。そういうことへの感覚がもう、僕らとはまるで異なるんだろうなとおもった。60年代へのまなざしも含めて、政治に参加しようという姿勢とかステータスとか。未来の人と対話するには、過去のことをよく考えなければならない。それはファッションも例外に漏れずだ。
(23:57 04/07 2008)

Apr. 03 thu. 『忘れちまった悲しみに』
ファッションのマルチチュードの案内
■おとといで、片付けも含めて展示の総てが終了した。装苑賞の直しをずっとしていて、バタバタしたまま展示はあっという間に過ぎていった。ピークの26日は、これはもうに本当にくたくたになっていたが、そうやって疲れたからといって、それが作業や、やらなければならない仕事や活動にもろに反映されてしまっているのがとてもくやしい。疲れているのはみんな同じだ。みんな時間は無いし忙しい。だから、忙しいからという理由に、おおいにはぐらかしてしまった部分は、やっぱりとてもくやしいことだった。そしてそれは日記をおざなりにしていることも同じ。書きたいこと、書くべきことがあったにもかかわらず、そのままにしていたらどんどん忘れてしまったよ。何を書こうと思ってたんだろう。ずるずると時を過ごしていくことがすごく勿体無いと思います。何かを言いかけたのならばならとくに。
■いろいろな感想を聞かせてもらえて、また、話し合えて考えることが沢山あります。感想を率直に短く言えば「継続していくこと」です。この時期にこういうことをやる必要性が僕にはとてもあったので、本当にやってみて良かった。一緒に参加してくれたメンバーにも感謝しています。ご苦労さまでした。そしてなにより、来て頂いた皆様、本当にありがとうございました。

■Kさんから「めでたく妊娠しました。」という旨のメールが届いた。が、4月1日はエイプリルフールだったので、ははんと思い、僕は今入院してますという旨のメールを返した。ほどなくしてKさんから電話がかかって来た。彼女はまんまと信じていて、心配してくれた。はっはっはっ莫迦めが。Kさんはとてもいたずらが好きだけど、同時にとても引っ掛かりやすいのだ。つまり、彼女は優しい心の持ち主なのだとおもう。

(20:11 04/03 2008)

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